半分の借り
 港の外れでセツとケミは夕食の食材を捕るべく、仲良く肩を並べて釣糸を海に垂らしていた。
 既に釣りを始めてからかなりの時間が経っているのか、それぞれのバケツの中には数十匹の魚と、大量の海藻が入っている。
「セツ、バレンタイン誰かにあげた?」
 アタリが来た竿を上げ、かかった魚を針から外し、ケミはあくびを噛み殺しながら、眠気を払うようにセツへと声をかける。
 ケミが声をかけるより一足早くアタリが来ていたセツは期待に胸を膨らませながら竿を上げたのだが、釣れたのはまたしても海藻で、輝かんばかりだった表情は一気に落胆へと変わる。
「バレんたタいン?」
「バレンタイン、知らないの? 今から丁度一ヶ月前位かしらね、チョコとかあげる日」
「ああ、あの黒くて甘いやつね。あれをあげる日ってバレンタインって言うんだ」
 妙な発音でバレンタインと口にしながら、懲りずに針へ新しい餌を付けるセツへと、ケミは驚いた様子でバレンタインの簡単な説明をする。
 まさかバレンタインを知らないとは思っていなかったので、説明をしておきながら「チョコって何?」と尋ねられたらどうしようかと思うケミだが、チョコは知っていたようで少し安心する。
 そんなケミの横で再び海藻を釣り上げたセツは「何で同じのばっかりなんだ」と嘆いている。釣り上げすぎた海藻はもうバケツには入らない程の量になっている。
 ある意味凄い才能だと、釣りを開始してから海藻しか釣らないセツにケミは心中でこっそり感心する。
 頭を抱えて嘆いていたセツは直ぐにまた竿を握ると膨れっ面で、
「あげたんじゃなくて、貰ったよ」
「え? 誰に」
「ココー」
 海藻しか釣れない事が納得いかないのか、セツは不満を隠せない様子で単調にケミの質問に答える。
 セツの返事と予想外の人物から貰った事に、ケミは驚きのあまり、アタリが来ている事にも気付かなかった。
 だがその表情も直ぐに何かを企んでいるような物に変わり、口元にニヤリとした笑みを浮かべる。
「セツ、貰ったからにはお返ししなきゃね」
「また草っ! へ? そりゃあ貰いっぱなしは悪いね」
「でしょ、じゃお返し買いに行くよ」
「え、お返しならこの釣った草達を……」
「却下! はい、そうと決まれば急ぐ!」
 セツの海草をお返しに……という安上がりの提案を勢い良く取り下げたケミは、釣竿を放り出してセツの手を掴み、商店が揃っている通りを目指して走り出した。

――場所は変わって、砂浜

 波間にピョコピョコとオレンジ色の巨大なマリモのような物が覗いている。
 オレンジ色のマリモはたまに海中へ沈んだり、浮かび上がったりを延々と繰り返している。
「もう限界だ!」
 突然マリモから叫び声が上がり、波を掻き分け掻き分け、どんどんと岸辺へと近付いて来る。
 かなり岸辺へと近付いた頃、マリモの下から何やら人のようなモノが現れた。
 パンツ一丁のオレンジマリモ人間――クロハエは両手で初春の海に揉まれた体を擦りながら、一歩、また一歩と岸辺のたき火へと足を進めた。
 捕獲したのであろう、タコやら貝が入った網を砂浜に投げ出すようにして置きながら、クロハエは震える体を火で暖め始めた。
「なんだ、だらしないな」
 じわりじわりと体が暖まって来た頃、近くからぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
 その声の主がココーだと分かっているクロハエは、上着をはおりながら、
「春とは言え、三月の海がどれだけ冷たいか知らないから言えるんだ。このタコを捕る時に何回意識が遠退いたか……」
「俺が行くと言ったら猛反対したから、もっと捕れる物だと思ったんだが」
「そりゃお前に食材探しを頼んだら、生態系が崩れてしまうからだよ」
 皮肉を皮肉で返された事にクロハエは少し怯みながら、加減を知らない年下の友へと苦笑混じりに言葉を返す。が、次の瞬間クロハエの表情は凍り付いてしまう。
「ソレ、何カナ?」
「お前だけじゃ不安だったからな、食えん事も無いかと思って集めておいた」
 クロハエの視線の先にはうず高く積まれたヤドカリの山があった。山の至るところで足を動かすヤドカリ達に、うっすらと恐怖心を覚える。
 蠢くヤドカリ山の前で平然とした態度を取るココーに、このままだとこの辺りのヤドカリ達は消失してしまうと考え、何とかこいつの思考をヤドカリから離さねば、と心中で作戦を練る。
 必死に考えるクロハエだが、良い案は全く浮かばない。
 だが、ヤドカリ山に紛れていた白いヤドカリを見た途端、ある名案がクロハエの頭に浮かぶ。
「セツにお返ししなくて良いのか?」
「何のために?」
「貰ったんじゃないのか? バレンタイン」
「貰っては無いな、逆にやった」
「なぬ!?」
 てっきりセツからバレンタインに何かを貰った物だと考えていたクロハエは、ココーの予想外の返事に目を丸くした。
 道が絶たれた、と嘆く場面なのだろうが、どうやらそうではなく好奇心が沸き上がっているようで、
「何あげたんだ?」
「板チョコ」
 ココーらしい飾り気の無い選択に、クロハエはヤドカリの事を忘れて思わず笑みを浮かべる。
 そんな中でココーが思い出したように口を開いた。
「そういえば俺が買ったんだが、半分は貰ったな。この場合でも返しは必要か?」
 その告白に、クロハエは心中でセツを褒め称えた。
 これでココーをこの場所から連れ出す事ができる。そう思うなり、クロハエは着替えをチャッチャと済ませて笑顔でこう言った。
「必要! そうと決まれば急げ!」
 まさかセツとココーの間にそんなやり取りがあったなんて……、考えもしなかった展開にクロハエは頬を緩ませっぱなしだった。


――商店街――

 またしても恋人達が行き交う中を、キラキラした表情のケミと全く状況が読み込めていないセツは、人混みを掻き分けて進んでいた。
 ケミの異様な張り切り具合から、新たに上がった広報、「海藻を包装してあげよう」を口に出せずにいたセツは、これからいったいどうなるのだろうと、少しの不安を感じていた。
 セツの所持金は500eのみ、だがケミは先ほどから明らかに値が張るような店にばかり入っているのだ。
「ちょっと目星付けて来るわ、その辺でセツも何か探してね」
「分かった、ごゆっくり」
 明らかに高そうな雑貨屋に入って行くケミを、勇者を見送るようにしたセツは、する事も無いので近くにあった店に入る事にした。
 店に入るとカランカランと、ドアに付けられていた鐘が軽やかに店内に響き渡り、甘い香りが鼻をくすぐる。
「わあ……綺麗」
 店内所狭しと、ガラスに入れられた色とりどりの菓子達を目にしたセツは思わず言葉を漏らしてしまう。
 見た事もない色のお菓子をセツは、体に悪そうだと、妙に現実的な思いを抱きながらも、カラフルなビーンズ等を思う存分鑑賞して楽しんだ。
「あ、コレ……」
 一通り店内を物色して満足したセツは、ふとある棚で足を止めた。
 そこには一ヶ月前にココーに渡され、初めて食べたあの板チョコがズラリと陳列されていたのだ。
 こんな数があるのかと、チョコの数に驚きながら隣の棚に目をやると、一枚だけ残っている色違いの白い板チョコが目に入った。
 何気無く値段を見てみると100eと今までケミと見た商品の中でも群を抜いて安価で、手の届く範囲にあった。
 ――これで良いかな。
 誰かが入って来たのであろう、再び店内に鳴り響く鐘の音を聞きながら、セツは500eを取り出しながら白い板チョコへと手を伸ばす。
 その瞬間、横からにゅっと手が延びてき、板チョコを掴み合うような形になってしまう。
「えーっと……、あれ?」
 どうした物かと、少々気まずい心境で、掴み合っている相手を確認したセツだが、確認した途端に真の抜けた声が出る。
 無理もない、掴んでいた相手はあげる本人であるココーだったのだから。

―――

「セツ! この時計をあげるべき」
「この髪留めなんてどうだ! ……あれ、ケミ」
 各々好きな物を手に、雑貨屋から出て来たケミとクロハエはお互いの存在に気付いた途端に、何で此処に居るのかと問い詰め合う。
 そしてお互いの目的が同じだった事が分かると、お互いの選んだ品物について「お前が着けた姿を見たいだけだろ」と罵り合う。
「ケミ、クロハエ!」
 お互いいがみ合う二人だったが、突然聞こえたセツの声にハッと顔を上げる。
 そこには、ホワイトチョコを半分に割って片手持って食べ歩いているセツとココーの姿があった。
 まさかと思いながら、二人がそれとなしに板チョコについて尋ねてみると
「お返し、コレにしようかなって思ってたら、偶然ココーもコレを買おうと思ってたみたいで……、それで私が買って、半分ずつ分けたんだ」
 まさかのまさか。つまりセツとココーのお返しはまたもや板チョコだという事らしい。
 板チョコに負けたのかと、二人はそれぞれの品を片手にガックリとうなだれた。
「それどうしたの? 二人のお返し?」
 二人の手に持たれた兎の装飾が入った懐中時計と髪留めを目にしたセツは、板チョコを咀嚼しながら疑問に思っていた事を聞いてみる。
 その言葉に二人は暫くポカンとした表情をしていたが、どこか恐ろしい笑みを浮かべながらお互いに持っていた物を渡し合う。
 ――甘いなー。
 ――……ヤドカリ。
 ――ウィスキーボンボンの分、来年しっかり貰うわよ。
 ――覚えていたらねー。
 様々な思いを胸に、今年のホワイトデーは幕を閉じたのだった。


prev next

bkm
<
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -