(幸せになれない話です。注意)

おれと弟とは、兄弟なだけあって、昔からよく似ていた。
それは単に外見の話ではなくて、いやもちろん外見も似てるって言われることもあるけども、行動、性格、好物、……他にも色々。
両親にはもちろん、親戚や友達や、とにかく色んな人に言われたし、おれ達自身にもそういう自覚はあって。
でもその事を嫌だとか、気持ち悪いとか思ったことは一度もなくて、むしろそう言われることが嬉しかった。
多分弟も、ルフィも同じ気持ちだったはずだ。

だから――



宙に投げ出された鉛筆が、テーブルのふちに当たって、跳ね返ったそれは床の上を転がった。
ころころと回転する六角形の木の棒は、やがて動きを止める。
拾う者は、いない。

「…エース」

先に口を開いたのは、名前だった。
普通だったら泣いたり喚いたり、もっと動揺してもよさそうなものだが、彼女は驚くほどに無反応だった。
ただぼんやりと、いつもの穏やかな笑みを湛えて、ガラス玉のように綺麗な瞳でおれをじっと見つめている。
本当に少しだけ、怖いと思った。

この少女は今、何を考えているだろう。
嫌悪か、軽蔑か、動揺しているのを顔に出すまいとしているのか、それとも本当に何も考えていないのか。
いっそのこと、嫌ってくれればいい。
そうしたらもう、何も迷う事はなくなるのに。

「名前」

そう呟いて、唇にそっと押しあてた。人差し指を。
頼むから喋らないでほしい、と思う。
口には出さなかったが、仕草と表情でそれを察したらしい名前は、それきり口を開かなかった。
自分で頼んでおきながら、それが良いことなのか悪いことなのか、おれにとっても分からない。


初めて会った時から、こういう純粋な、それこそ穢れとか、この世の汚い部分を一切知らない赤ん坊のように綺麗な目をした女だった。
そして、いや、だから惚れた、もうどうしようもないくらい、沼か何かにはまっていくように、ずぶずぶと。
サッチ辺りに話したら軽くバカにされそうなほど、弟よりも幼い少女を、愛した。

それだけならよかった。
サッチにバカにされて終わる程度の話なら、その方がよかった。


――だから、その時に、気付くべきだった。
おれとルフィは、似てるから。
食べるものも、好きな色も、おれたちはそっくりだから。
気付いた時には手遅れだった。ただそれだけの話。


「名前」

こんなところを見たら、ルフィは何を思うだろう。
俺が逆の立場だったら怒るだろうから、あいつもきっと怒るんだろう。
そんなことをぼんやり考えながら、しかし今更諦める気にもなれず、手始めに顔を近付けていく。

その時、床と俺とに挟まれた名前が、不思議そうな顔をして首を傾げた。
何をされるのか自覚してるのか、と言いたくなる仕草に、頭が痛くなる。

「エース、大丈夫?」
「は、」
「どこか痛いの?」

訊き返そうと思った時に、名前の頬に、水が滴り落ちた。
自分の目から溢れた水だと気付くのに、数秒の間。
名前はその間にも、心配そうな表情で、こちらを見上げている。
とても、好きでもない男に押し倒されている女のする表情では、仕草では、ない。


手に入らないくらいなら、奪ってしまおうと思った。
たとえ心は手に入らなくとも、いいと思えた。
結果、嫌われることになろうとも、弟に殴られることになろうとも、いいと思った、?

――そんなこと、

だが、彼の動きは、そこで止まった。
動かないのではない、動けない。
3センチかそこらの距離が、果てしなく遠く感じる。

分かっていたことだ。
だって俺は、名前が好きで大切で、それと同じかそれ以上に、弟が大切だから。
たとえ唇を触れ合わせるという行為だけでも、弟を裏切るような真似だけは、できない。

「…だってんだよ」
「エース?」
「なんだってんだよ」

悔しくて悔しくて、何が悔しいのかも分からなくて。
ただ、押し倒されている女に心配されてるこの状況は、言いようもなく間抜けだった。


何が悪かったのか。
何か悪かったのか。
誰を恨めばいいのか。
誰か恨めばいいのか。

何も何も、分からない。


誰よりも優しい兄は、誰よりも愛しい少女を押し倒して、誰よりも大切な弟を思って、泣く。

床に投げ出されたままの鉛筆が、その様子を、ただただじっと、見つめているようだった。





その心は修羅になりきれぬ





for 蟒蛇
title by 亡霊
20100503

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