「良いよな不細工は、顔の傷に怯えなくていいんだぜ。俺、この額の傷作ったとき発狂しちゃいそうになったからな。でも今じゃこの傷もポイントにしてる俺ってすごくね?あ、話逸れちまった。ごめんな?…まあ、傷が怖いからってお前らみたいに不細工にはなりたくないけど?」


俺が知る限り、グレイ・フルバスターという人間はナルシストではなかったはずだ。
予め断って置くとグレイは美形の部類と言える。モデルだって、芸能人だって夢では無いしそこら辺のタレントよりは余程綺麗だ。しかし彼の台詞は明らかに鏡がオトモダチな人間が言うようなもので。

…で、グレイのナルシストを誇張する言葉は誰に向けてだったかと言うとグレイの後ろに立っている俺、ではなくて見たことも無いグレイのクラスメイトにだった。


「これ、やるよ。その汚ねぇツラにぴったりなへたくそな字で埋め尽くされた教科書いらないし。つうかお前らみたいな地味メンほど卑劣なんだな。」


ばさり、グレイは音を立てて教科書を相手に投げ付けた。決してただの教科書ではなくて、グレイが言った通り、油性の黒く、太いペンで゛メス豚゛だの゛淫売゛だの散々な単語でびっしりと汚れた物達だった。
慌てて書いたであろう男(ここではAと呼ぼう)が弁解を始める。


「グレイくん、誤解だって!確かに僕達、君の影口叩いてたのは事実だけどここまでしないって!」

「そうそう、大体モテモテのグレイくんにこんな事してさあ、バレたとしたら僕達ファンクラブの人達にボコボコにされちゃうよ。」


取って付けた様にしてもう一人の男(Bとしておく)がAのフォローを始める。Bが言ったように教室中の奴らはグレイになんてことをといった表情でABを見ているし、騒ぎを聞いて駆けつけたファンクラブであろう女子達が廊下からブーイングを飛ばしている。と、グレイが腕を組始め、後ろ姿からでも不機嫌な様子が伺えた。


「お前ら馬鹿?俺が確証も無しに直接聞くと思ってる訳?こいつが全部見てんだよ。」


そう言ってグレイは俺を指差した。


「……はっ?」

「ナツ、見たんだろ。」

「あ、えーと……、…おう、見た。」


グレイが一緒に着いてこいと言った時点で少しは利用される可能性も考えておけば良かった。
俺は男AB、共に知らないし、グレイの教科書が落書きされる所など一切見ていない。


「お前ら、グレイがいない隙にやってたろ。俺、グレイに用が有ったから、探していたらたまたま現場を見ちまったんだよ。だからチクった。」


 勿論、出鱈目である。特定の場所も言わずに嘘を並べ立てると男達の顔色が変わった。


「おいA! あの時誰もいないって言ったじゃないか!」

「当たり前だよ、確認したよ、僕はちゃんと……」

「見られてるだろ!」

「知るか、大体僕止めたじゃん!教科書とか滅茶苦茶にしようって言ったのBなんだから自業自得だろ!?」


でかした、と言わんばかりにグレイが俺の肩を叩いた。それから男AとBの罪の擦り付け合いを暫し聞いた後、グレイは制服のポケットを探ると携帯を取り出して何やらボタンを操作した。


「お疲れ。今の会話、録音しといたから。呼び出して悪かったな、帰っていいぜ」

「チ、チクる気?!」

「そうだけど。」

「ふ…ふざけんな、今すぐその携帯ぶっ壊してやる!」

「それこそ器物損害で今よりヤバいんじゃねぇのか?」


にたあ、とグレイは嫌な笑い方をした。顔が綺麗な分、性質が悪く男達はすっかり狼狽えてしまった。


「知ってるんだからな、グレイくん、援交してるんだろ!女だけじゃなくて男ともヤッて金貰ってるって! どうせその携帯の中身もセフレのメールとアドで一杯なんだろ!!」

「まあまあ、よくも下品な言葉が次々と……、おい皆。こういう品の無い人間になると同じような奴しか集まらなくなって、生活が爛れるから気を付けろよ。」


それから、とグレイは人指し指を唇に当てた。


「お前の言う通り俺は童貞でも処女でもないけど…。ここ、だけは明け渡した事ねーぜ?さて、俺のハジメテ奪うのだーれだ。」


わざとらしく、けれど妖艶にウインクをしながらグレイは楽しそうにその場を去っていく。
俺は慌ててその背中を追いかけた。



─────────




「全く!俺をああいう事に巻き込むなよ!たまたま相手が馬鹿だから俺の嘘に流されてくれたけどもうこんな面倒事ごめんだ!!」

「うんうん、サンキューな、ナツ。…あと、忘れてるのか知らないけどよ。俺一応センパイなんだけど。」

「ああ?関係ないね。」

「あ?やんのかコラ。」


俺の言葉に反発的な態度で出たグレイだが、その顔は実に楽しそうで。グレイは俺の額にデコピンを喰らわせ、ぽんぽんと軽く頭を叩いた。コイツは俺が自分より低身長なのを気に入っているのかやたらと頭を触りたがる。
俺はグレイを見上げた。グレイは小首を傾げて、少し表情を和らげた。それを見た俺は、小さく心臓が跳ねた気がした。


「俺、ナツの顔と性格。案外好きかもな。」

「えっ!? あ?、はっ?!」


突然の告白に驚いて俺は吃ってしまった。まさか、グレイが俺の事を。嫌な気はしない。喧嘩ばっかで、俺のことバカにする上に利用するグレイは嫌いなはずなのに。じんわりと胸が暖かかった。


「飽きた。」

「は?秋田?」


またも突拍子のない言葉に思わず聞き返せばいきなりガシリと両肩を捕まれる。


「ナツ、今日のお礼だ。」


そう言うと、グレイの小綺麗な顔が段々と俺に近付いてきて、唇に柔らかい感触が当たる。驚く間もなく今度は舌で閉じていた唇を割り開かれ柔らかく温かな舌が滑り込んで来た。そうして、口内で何かを放り込み、グレイは離れていった。


「ぅ……、な、な、グレイ……っ」


グレイはぺろりと舌で唇を舐めて微笑んだ。


「じゃあな、今日は本当にありがと。…ちなみに今の。本当に俺のファーストキスだから。オメデトさん。」


そう言ってグレイは歩き出した。アイツは、本人も認めるファーストキスを俺にした。嬉しいと思っている自分がいる。…もしかして、俺は、グレイの事が。俺は口を手で覆った。
そして口の中に残る感触を噛み締めると、なにか噛み砕いた。そういえば、口の中がやけに甘ったるい。俺はそこで気付いた。
これ、飴だ。確かあいつ飽きたとか言っていたが、飴の味に飽きたという事だったのか。俺、ゴミ箱の代わりにされたのか。くそ、グレイのキスにごまかされた…!


「……オイ待てコラァアア!!!」


大声で叫ぶと俺は走り出した。すぐにグレイに追い付き、掴んだ腕を引っ張り無理矢理こちらを向かせた。


「もう何だよ。黙って俺の初チュー受け取っ、ん!」


文句を垂れるグレイの唇を深いキスで黙らせる。廊下の壁に追い込み、固まっているグレイの手も引っ掴んで顔の横で壁に縫い付けてやった。

がくん、と力が抜け、立っていれなくなったグレイの手を離してやり変わりに腰をがっちりとホールドする。力が抜けた所為で反っていくグレイの背中を支えつつ、それを直すことなくしつこく追い掛ければ、グレイのとろけた瞳と視線がかち合った。
それに煽られ、さらに追い立てればグレイは限界とばかりに小さく俺の背中を叩く。飴玉は、完全に溶けきっていた。


「ぷはあ…っ!はあっ、はっ、」

「なんだ、本当にハジメテだったんだな。」

「はぁっ、っさい…、」


ずるずると俺伝いにへたり込んだグレイに形勢逆転とばかりに笑いかける。後輩だからってナメられちゃ困る。


「セカンドキスまで俺のもんだな?」

「…責任…取れよな、馬鹿なつ…、」


真っ赤な顔でそう言ったグレイに満足した俺は、飴玉よりも甘ったるいサードキスをプレゼントした。





2012 0730

小悪魔グレイが隠れ狼のナツに落とされました。
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