※ルーシィ苛めっ子

















「死んじゃえば?」


聞こえた台詞とともに押される背中。落ちる寸前に見えたのは、彼女の歪んだ笑みだった。
俺の体は重力に逆らうことなく踊場から一階まで真っ逆様。スローモーションの中で、今から出来るであろう打撲や傷を今日は彼になんて説明しようかと考えた。

ごろんごろんと俺は階段を転げ落ちていく。ああもう身体ぜんぶ打ち身だ。弓道出来なくなったらどうするんだよ。…まあそれがこの女の狙いの一つなのかも知れないけれど。
べしゃり、擬音語で表すならそんな感じで俺は一階の堅いフロアに叩きつけられた。
上からは俺を突き飛ばした女の笑い声が聞こえる。目の前には血。額を切ってしまったようだ。


「あんたホントに弓道部のエース?これくらいで踏ん張れずに落ちるなんて軟弱な体ねー」

「ル、ルーシィ、ちょっとやりすぎよう」

「は?あんた何言ってんの?」

「だってグレイくん、血…」

「…だから何?あんなのロキを取られたあたしの痛みに比べたら何ともないわ。」


なんて女だ。お前とロキは付き合ってもなかっただろ。
ロキは俺に惚れたんだ。だいたい、他人の居ないところでこそこそ隠れて嫌がらせしてくる猫被りのお前がロキの相手になれる訳ないんだよ。ロキは俺しか見えてない。俺のカチ。




「グレイ?!」


ロキの声がしたかと思えば、体を抱き起こされた。
あったかい、ロキの体温にロキの匂い。これを独占出来るのもルーシィ、お前じゃなくて俺だ。


「ルーシィっ!、これどういうこと?!グレイどうしたの!?」

「あたし達が来た時にはもうここで倒れてたの!階段から落ちたみたい…。」


嘘つけ。ロキ、ロキ。こいつが俺の事突き飛ばしたんだ。
でも俺は言わない。ルーシィが犯人だと、言わない。
ロキはルーシィと会話を交わしながら俺の額にハンカチを置いた。


「ロ…キ、」

「!グレイ…っ、大丈夫かい?」

「ん、」

「出血が酷い…。とにかく保健室へ行こう。」


ふわりと体が浮いた。羨ましいだろ、こうして抱き上げてくれるのも俺だけだ。
浮遊感にくらりと視界が歪んだ。思ったより酷いのかもしれない。ごめんなロキ、お前のハンカチも手も制服も血で汚しちまった。


「ロキ、いいよ…。重いだろ、歩けるから…。」

「だめ、僕が運びたいんだ。」


鼻先にキスを落とされた。ロキの肩越しに見えるルーシィの忌々しげな瞳を最後に俺たちは保健室へ向かった。





────────────






「骨は大丈夫、捻挫と打撲だけよ。でも額の傷は縫わないとね。タクシー手配しといたから。」

「そんな…」


保険医であるミラ先生の言葉にグレイの顔に傷が残るなんて、と俺より痛そうな顔をしてロキは俺の頬を撫でた。
そんなやり取りを見て、ミラは俺の顔を覗き込む。


「グレイ、最近怪我多いけど、どうしたの?前まで保健室のお世話になった事なかったじゃない。
しかもただの怪我じゃなくて、大きな怪我よ。痣も一向に治らないし。何かあるの?」

「そうだよグレイ。怪我の理由を聞いても、君は転んだとかしかいわないし。グレイみたいな運動神経いい人が、そう簡単にヘマしたりしないはずだ。」


ごめん、ごめんな。先生、ロキ。でも今はまだ言えないんだ。
まさかルーシィにやられているとは、皆目見当もつかないだろう。


「…先生もロキもすごく頼りにしてるし、感謝してる。でも本当にこの怪我はドジしてやったものだし、俺は元気だし大丈夫だ。」

「でも…、っ」


ロキの言葉を口づけで黙らせた。驚いていたロキだったけれど、俺の腰を抱き寄せ瞳を綴じて応えてくれた。俺達の関係は公認。先生はあらあらと苦笑いを浮かべると、イチャイチャしないのと咎めた。

隠すのはもう限界だな。
明日、終わらせよう。











─────










「グレイ、怪我は平気?」

「ああ、大したことじゃねぇよ。」


翌朝、俺の心配をしてわざわざ三年の階から二年の所まで来てくれたロキ。
悲しそうな顔をするロキは、ここが教室である事も構わずに俺を抱きしめた。日常茶飯事なので周りに気にする者はいない。例外を覗いて。猫を被る事も忘れ、こちらを睨みつけるルーシィに俺は見せつけるようにロキにキスをした。
これにはロキもクラスの奴らも驚いたみたいだ。


「ぐ、グレイ?!」


茶化す周りを無視してロキを見つめる。彼の首に腕をまわし、体を密着させ抱き締めてと強請るとロキは嬉しそうに俺を抱き込んだ。そのままもう一度口づけようと唇を近付けると。


「ストップ。嬉しいサプライズだけどどうしたの?」


ロキに寸でで止められた。一センチでも動いたら唇がつく距離のまま会話をする。


「見せ付けたいんだよ。…ロキは俺のだって。」

「グレイ…。ふふ可愛いなあもう。リクエストはある?」

「ある。」


とびきり深いの。言うと同時に塞がれた唇。注文通りに情事の最中に交わすような口づけをくれるロキ。教室からは女子の悲鳴だったり男子のブーイングだったり、はたまた茶化す声だったりが飛び交う。そんな中、殺気を放つルーシィをロキとのキスでとろけた瞳で見届けたあと、口づけに集中した。







───────








「っざけんな!!」

「っ、」


放課後。ロキの用事が終わるのを教室で待っていた休部中の俺は突然入って来たルーシィとその取り巻きに連れて行かれ、今は旧体育館倉庫。使われなくなった机や汚れた体操マットやらが置かれるそこに叩きつけられるように突き飛ばされた。


「朝のは一体なんなの?自慢でもしたかった訳?」

「…だったら?」


今まで何をされても言葉ひとつ言わなかった俺が反発的な態度をしたのに多少たじろいだルーシィだったが、コイツはそんなので引き下がる玉の持ち主ではない。
俺はポケットの中で向こうにバレないよう携帯を操作した。


「調子に乗んないでよ!!」


飛んできた蹴りを避けずに受け止めた。うぅ、と呻くも、正直こんな蹴りは痛くもかゆくもない。所詮、痛がるフリだ。
ポケットの布越しに携帯が光ったのを確認すると、俺は声を荒げた。


「やめろよっ!こんな旧体育倉庫に連れ出して何するつもり…ぁぐっ!」

「黙ってよね。だいたい今まで殴っても蹴っても階段から落としても、なんにも言わなかったくせにいきなり何。見返すつもり?あんたみたいな弱っちい男には無理よ。」

「や…、あ…痛い、離して、」


前髪を引っ張られ上を向かされる。瞳に涙を浮かべ悲痛な顔をすればルーシィは喜んで俺を殴りにかかった。


「…っ、たすけて…ロキっ」

「そうね、いつもあんたが怪我するとロキが飛んできたけど。残念。今はロキ、あたしの友達に告白受けてるから。だから来ない。まあそう差し向けたんだけどね。」


ポケットに視線を落とすと光っていたランプは消えていた。
くつくつと笑いがこみ上げ、耐えきれずに俺は笑い出した。
おかしい、おかしすぎる。嵌められていたのはルーシィ、お前だ。


「っ、何笑ってるのよ。」

「…バーカ。」

「は?」

「馬鹿だっつってんだよ。」

「きゃっ?!」


近くにあったバスケットボールをルーシィに向かって投げつけた。こちらを睨みつけるルーシィに嘲笑で応える。


「何するのよ!あんた立場分かってんの?!」

「ルーシィ今までありがとう。」

「はあ?」

「俺を苛めてくれて。」


訝しげにこちらを見るルーシィ。
加害者の俺は止まらない笑みを顔面に張り付けたまま、被害者のルーシィに話をしてやった。


「あいつ…ロキはさ、俺がお前にやられて怪我する度にどんどん俺に溺れていくんだよ。自分が守らなきゃってな。」

「何言って…。」

「俺、すげぇ嫉妬屋で独占欲が強いんだ。ただ好きとか愛してるの言葉じゃ足りねぇの。ロキが俺を大事にしてくれてるのは分かるし嬉しいけど、もっともっとと求めてしまう。」

「…」

「俺が怪我した事に自分が関与してるって知ったらロキ、どうすると思うか?」

「あんたまさか…、」

「あいつ、只でさえもう大分俺にハマってんのに。自分の所為で俺がやられてたなんて知ったら二度と俺から離れられねぇよな。…そうだよ、テメェは俺に利用されたんだ。」

「う、そ…。そんなの、そんな…」


すべて計算通り。ロキは完全に俺のもの。責任取って一生一緒にいてもらうための計画。ルーシィ、お前はただの脇役だったんだよ。
フラつくルーシィを無視して、俺はポケットから持参していたサバイバルナイフを取り出した。光る鋭利なそれにルーシィとそれを取り巻く女達は肩を揺らす。大方俺が復讐するとでも思っているのだろう。しかし残念。それは見当違いだ。

俺はそのナイフで着ていたワイシャツごと己の左肩を切り裂いた。熱を帯びた激痛が走ったかと思えば溢れる血液。
悲鳴が響くなか俺は立ち上がり、血のついた凶器を目の前で震えるルーシィの手に握らせた。


「さよなら、ルーシィ。」


笑顔を張り付けたまま俺はその場に倒れ込む。と同時、古びた音を立てて開けられたドアに、俺は声を出して笑ってしまいたかった。



「グレイ…!!」

「…ロキ…。」


駆けつけたロキは俺を抱き起こし、ルーシィを睨みつけた。


「全部、君の仕業だったのか…。そんなに僕とグレイの関係が許せなかったのか!?告白は断ったけれど僕は君と仲良く過ごしていくつもりだったのに。…っ、自分がした事を分かっているのかい?これは障害事件だぞ!」

「違う…、違うのロキ!それはグレイが自分でっ」

「証拠もあるのに君は言い逃れようとするのか?しかもグレイの所為にして!…見損なったよルーシィ…っ、君は最低最悪の犯罪者だ!」


ロキは自分のワイシャツを脱ぎ捨てると、それで俺の傷口をしばった。ふわりと体が浮く。
ロキの肩越しに見たのは、あの時とは違う、絶望に染まったルーシィの瞳だった。


「ごめん、ごめんねグレイ…っ、僕の所為でこんなっ」

「…責任、とって…、ずっとずっとそばにいてくれたら…、許す…」

「っ、もちろんそのつもりだよ、グレイ…!グレイが嫌になっても一緒にいるから…!」


そう、その言葉が欲しかったんだ。俺が嫌いになるわけないだろ、そう言えばロキは泣きながらキスをくれた。
ロキも俺の被害者で、彼を巻き込んだのは心苦しいけど、それでも欲しかったんだ。ロキが一生俺を愛してくれる確かなものが。

ふと、ルーシィと目があった。鋭さは消え焦点の合わない彼女に、俺は緩む頬を押さえきれず、唇の動きだけで伝えた。







───オレノカチ











2012 0728



最終的に悪い子だったのはグレイさん。
そんなことしなくてもロキはグレイしか見えていないのに、先を求めてとんでもないことも平気でやってのけるヤンデレが書きたかったんです。
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