「ねえ、君。コレでどう? 3万。悪くないでしょ。」


バイト帰り、駅近くの道をひとり歩いていると声をかけられた。サラリーマンと思わしき中年の男が立ち塞がると3本指を広げた。3万という意味を示していると言うことはすぐに分かる。

グレイは男を値踏みするように見た。皺の無い、アイロンによってきっちりと折り目の付いたスーツ、自己主張の決して激しくないネクタイ、脂ぎっておらず、清潔感のある顔や髪。総合的に見て、良いと言える容姿だった。


「オジサン、5万ならいいぜ。痛くないなら注文何でも受けるけど……どうする?」

「良いよ。その制服、妖精学園のだよね。何年生? かわい…!?」


男は突如、グレイの目の前から消えた。正確には吹っ飛んだのだが。
それと言うのも、教科書が入った、重たいスクールバッグを勢いよく叩き付けたからである。それはもう、鮮やかに、振り翳された鞄を男の後頭部は喰らってしまったのだ。

そうしたのはグレイではなく、別の誰かで。当のグレイは信じられないという顔でサラリーマンを見たが、犯人の正体が分かるとあからさまに溜め息をついた。


「お前、何してるんだよ……ナツ。」

「グレイこそ、何安売りしようとしてんだよ。」

「安売り?安くはないだろ、っおいナツ!」


ナツはグレイの腕を掴むと大股で歩き出し、近くの公園へと入って行った。


「どうしたんだよナツ!」

「お前、いつもこんな事してんのか。」

「…バイトで生活費間に合わなくなったらな。今日はオッサンから声かけてきた。」

「最悪だな…」

「なんとでも言え。金貰えて気持ちよくなれんだ、俺はやめる気ね…っ!」


ナツはグレイの言葉を遮ってグレイの頬に拳をぶち込んだ。衝撃でグレイの体はその場に叩きつけられる。
グレイの唇は切れ、血が滲む。殴られた頬は熱を持ち腫れだした。グレイは何するんだとナツに叫んだ。
対してナツは静かに怒りを込めた瞳をグレイに向け、震える声で言い放った。


「お前の体はオッサンに奉仕する為にある訳じゃねぇだろ。」


ナツの言葉にグレイは目を丸くしたあと、小さくわらった。
商売道具を傷付けてどうしてくれるんだと心の中で思いながら、グレイはナツを見上げる。


「…ナツ、」

「何だよ。」

「なんか、お前が格好よく見えるわ。」


本心だった。
恐らく、グレイはナツのようには生きられない。
グレイはナツとの共通点を探してみた。唯一該当するのは意地っ張りで負けず嫌いなところだろうか。
けれどグレイは自分の方が生き方に於いて賢いと思った。


「格好いい。でも利口じゃねぇな。顔は使い道が有る。使わないのは損だ。」


グレイはそう吐き捨てて立ち上がった。俺はもっと、この顔を使いこなし利口に生きる。グレイはそう思ったのだ。
グレイのそんな思いを汲み取ったのか、ナツは悲しそうな顔をした。
その表情の意味をグレイが理解することは、ない。







2012.07.26
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