「じゃ〜〜ん!大大大スクープ!!年上イケメンとのキス?!グレイ、夜の密会!熱愛発覚!!」


朝、グレイがクラスのドアを開けるとルーシィのふざけたセリフで出迎えられた。
彼女の周りにはクラスメイトがわらわらと涌いており、女子の悲鳴やら男子の断末魔の叫びやらが教室中にこだます。
唖然としていたグレイだったがルーシィが叫んだ内容に一気に青ざめる事となった。


「なっ!ルーシィお前…!!」

「おっと主役の登場ね!さて尋問と行きましょうか!」


嬉々しながらこちらに向かってきたルーシィは、にやにやと顔を歪めながら携帯の画面をグレイに見せる。
そこには昨夜出会ったばかりのホスト、レオとのキスシーンがブレなく綺麗に激写されていた。

なぜホテルに消えたルーシィがあの場所に居合わせたのか。
ルーシィをホテルに見送ってから二時間程度しか経っていないあの時間。なぜルーシィが。
疑問が飛び交うも、グレイにとって今はそれどころではなかった。


「どういうこと、グレイ?このお相手のイケメンお兄さんは誰?」

「それは…」

「グレイ様に恋人がいらしただなんて、ジュビアショック!」

「なぜ私に黙っていた!詳しく教えろ!」


ルーシィを筆頭にクラス中がグレイを問いただす。
いつの間にか壁際まで追い詰められ、グレイは全て白状する事にした。







───────







「で、助けられて惚れちゃった訳ね。」

「う…」

「でも何で相手のレオって奴、初対面のグレイにキスなんかしてんだ?」

「ジュビアが思うに、ホストでチャラいからキスなんて挨拶程度のものかと。」

「それは違うわ。この人もグレイに一目惚れよ!」

「な…っ、馬鹿、ルーシィ!そんなはずないだろ!レオさんはナンバーワンホストだぜ。…ジュビアの言うとおりアレも挨拶だったんだ。…きっと。」


口付けを交わした後、すぐに違うホストが来て、グレイはその後レオと会う事なく家に返された。
またね、別れる際にレオは確かにそう言ったが、グレイはもう一度会えるとは信じる事が出来なかった。
顔を合わせただけでアドレスを交換した訳でもない。年齢も違うし、積んできた経験も違う、財力も違う、何より生きる世界が違う。擦れ違う事すら出来ないかもしれないだろう。
会いたいけれど無理なことだと、グレイは一晩自分に言い聞かせた。


「…そう思いたくないくせに。」

「は…?」

「ホントは運命だってそう信じたいんでしょ?」

「運命って…、ルーシィはロマンチストだな。」

「だってグレイとレオさん、二人の顔見てよ。すっごく幸せそう。普通挨拶のキスで目を綴じたり抱きしめあったり、こんな幸せそうな顔する?…絶対そうよ、グレイはレオさんが好きで、レオさんもグレイが好き。」


ルーシィの言葉にグレイの頬はみるみるうちに赤く染まっていく。
そんなはず、あるわけない。レオはナンバーワンのホストで大人。自分は普通の男子高校生で子供。
相手にしてくれるはずがない。
そう何度も自分に言い聞かせたグレイだったが、淡い期待を抱いてしまう。もし、そうだとしたら。


「ふふ、グレイったらかーわい!今日の放課後、みんなで妖精の尻尾だったっけ?そこに行ってみよう?」

「は?!何言ってんだよ!迷惑になるだろ」

「健気ね〜」

「っ!つーかお前らはからかう気しかねぇだ…ろ、」


言われっぱなしのグレイだったが、ふと思い出した。
自分もルーシィをからかうネタを持っているではないか。
グレイは口角を上げ携帯を取り出しデータボックスを開いた。

「俺ばっか言われてっけどよ、ルーシィも隠し事あるみたいだぜ?」

「な!グレイあんたいつの間に!!」

「男と仲良くホテルたぁ、こりゃただのダチとかじゃなさそうだな」

「ルーシィどういうこと?!」

「ルーシィまで隠してたの?!」

「ルーシィに先越されたー!」


形勢逆転。今度はルーシィが追い詰められていくなかで、グレイは一人席に着いた。
窓際の一番後ろ、小さく鼻で息をつき窓の外を眺める。
頭の中を占めるのはあの明るい茶髪で、これ以上は考えては駄目だとかき消すように読みかけの文庫本を開いた。








─────────








「さあ!愛しのレオさんに会いに行きましょ!」

「あれマジだったのかよ?!」


放課後、朝に言ったことを実行しようとするルーシィにグレイは驚いたあと、静かに首を振った。


「もーいいんだって。釣り合うわけないんだし。もう忘れることにした!はいこれ決定事項。」

「でも、」

「本人がいいって言ってんだからいいんだよ。お前、今日委員会ないだろ?」

「え?あ、うん。ないから会いに行こうって言ったの」

「一緒に帰ろうぜ。俺もバイトないからよ。スイパラ行こうぜ。ナツー、お前は?今日部活ある?」

「ない。帰ろーぜ。」


生徒会のあるエルザを置いて三人帰路につくため靴を履き替え校舎を出た。
校門までをたわいのない会話を紡ぎながら比較的遅い歩で進んでいく。
最中ずっと納得いかない表情のルーシィに苦笑いを浮かべるグレイの耳にナツの驚いた声が響いた。


「うお!」

「わっ、びっくりした。何よナツ。」

「あれ見ろよ!はじめて見たぞ黒塗りリムジン!」


ナツが指差す先には校門のすぐ脇に停められた高級車。
はてさてこの学園に金持ちはいたかと思考をめぐらせたグレイだが、自分には関係のないことだと考えるのを止めた刹那。


「あ…」


タイミングを見計らったように車から降りてきた人物にグレイは呼吸することを忘れる。
ルーシィは瞳を輝かせ、ナツは驚いていた。
人物はグレイと目が合うと、にっこりと微笑み手招きをする。
それに従いグレイは人物の元へと行った。
ルーシィはナツの腕を掴むと、グレイに頑張ってとエールを送りその場を離れた。


「レ、オ…さ…ん」

「やあ。どうしても会いたくてね、君の制服から学校調べて来ちゃった。」


レオは眉を下げて笑うと、固まったままのグレイの腕を優しく引き、車内へ入るように言った。

流されるまま広い中へ乗り込み座席に腰掛けた瞬間、ふわりと抱きしめられる体。
あの時鼻腔をくすぐったレオの香水と温もりに包まれ、グレイの瞳は涙で滲む。
微動だにしないグレイに、レオは迷惑だったかな、と申し訳なさそうに呟いた。
慌てて否定すると、グレイはぎゅうとレオに抱き付き甘い香りを胸一杯吸い込む。
ロキはそっと体を離すと、グレイと視線を合わせた。


「僕の名前はロキ。」

「え…?レオじゃなくて?」

「やだな、あれはクラブでの偽名だよ、本名はロキっていうんだ。君は?」

「え、あ…グレイです、グレイ・フルバスター。」

「グレイか、いい名前だ。君にぴったりだよ。よろしく、グレイ。」


綺麗に微笑んで名前を呼ぶロキに、グレイの胸は張り裂けそうなほどに締め付けられ激しく鼓動を打つ。
ぼんやりと見つめるグレイを不思議に思ったのか、ロキは心配そうに名をもう一度呼んだ。


「グレイ…?どうし…」

「すき…」

「え?」

「…ロキさんが、…好きです…」

「!…それ、ホント?」

「あっ?、俺何言って…っ、いや、その!」


思いに負けて思わず口走ってしまった気持ちに、グレイは慌てた。いきなり会ったばかりの人間、しかも男で子供の自分にそんな事を言われたロキは、きっと自分を嫌悪する。
もし、そんな事になったら。


「…先、越されちゃったね。」

「え、?」


しかしロキから紡がれた言葉はグレイを軽蔑するものではなかった。最悪の事態を覚悟していたグレイが間の抜けた声を漏らすと、ロキはくすくすと笑ってグレイの頬を撫でた。


「僕が伝える為に会いに来たのに。君に先に言われちゃったよ。」

「何…、」

「僕も君が好きだよ、グレイ。」

「っ、は…?」

「一目惚れ、だなんて信じない質だったのになあ。」

「そんな…、嘘…、」

「嘘じゃないよ。本当に君が好きなんだ。」

「っ、でも、だって、ロキさんはナンバーワンのホストで、強くて優しくて、でも俺はまだまだガキで、それに…男、だし…」


自分で言ってグレイは悲しくなった。ロキとの間にはこんなにも分厚い壁があると再確認させられた。
ロキが好きな気持ちは確かであるし、その相手から好きだと言われて嬉しくないはずがない。
けれどそれ以前に、グレイは信じる事ができなかった。
ロキが自分みたいな人間を相手にしてくれる訳がないと。


「恋愛するのに、職業も年齢も性別も、関係あるのかな?」

「え?」

「そんなのない。もしあったとしても、僕が全部壊してあげるから。」

「っ、でも…、ん!」


ロキの言葉に心を打たれたグレイだったが、やはり自分では役不足だとそう言いかけた刹那。少し強引にされる口付け。
それは黙らすようにグレイの唇を塞いだあと、すぐに離れていった。変わりにグレイの瞳を支配するロキの熱い視線。逸らすことはできなかった。


「君が言った僕が好きって言葉は嘘だったの?」

「っ、違う!俺は本当にっ」

「ならいいじゃないか!どうしてそんなに自虐的になる!僕が好きと言ったんだ。君が、グレイが一番だと言ったんだ!文句あるか?!」


ロキが叫ぶように訴えた言葉にグレイは涙を零した。嬉しさと、ロキを信じなかった自分への怒り。
逸る気持ちのまま、グレイはロキへ抱き付いた。存在を確かめるように強く腕をまわし、しがみつく。


「っ、ごめんなさい…、俺、」

「怒鳴ってごめんね…、君が好きだから」

「ロキさん…」

「ロキでいいよ、敬語もいらない。」

「ろ、…ロキ」

「ん」

「ろき、ロキ…」

「ふふ、なあに。」


たどたどしくロキの名前を口に出すグレイの髪を撫でつけるように梳くロキは、思い出したかのようにくすりと笑った。
不思議がるグレイのまぶたにキスを落とすと、ロキは口を開いた。


「グレイも大概、鈍感だと思ってね…」

「?なんで鈍感…?」

「だって、いくらホストとは言えど、貢がれてもいない、ましてや初対面の子にキスのサービスなんかしないよ。」

「え…、それって、」

「そ。だからあの時"ごめん"って言っただろ?僕の君を思う気持ち故、衝動的なものだったって事。」


グレイにとって衝撃的な真実に、案の定グレイは顔を赤くした。嬉しくも恥ずかしくもある。
グレイはごまかすようにロキに抱き付き肩口に顔をうずめた。

「ふふ、こっち向いてよ。」

「無理…」

「ね、グレイ」

「…」

「グレイってば。」

「…」

「もー…。…そんなんだとグレイのこと嫌いになっちゃうから。」

「っ!嫌だ!」

「ふふ、うーそ。」


慌てて顔を上げたグレイの唇をするりと奪うロキ。
出逢った時よりももっと甘く互いを思う口付けにグレイは怒る気も起きずに、瞳を綴じその温もりを感じた。









012.07.26



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