口には出さないけれどナツのことが好きだった。
少しでも好かれるように、嫌われないように。
そう思っても意地っ張りなこの性格が邪魔をして全て裏目に出てしまう。
俺がかわいくない口を利けばナツはそれに乗って結果大喧嘩。それでもやっぱり、なんだかんだ言ってもナツとの日々は充実してた、と思う。
でも終わりなんて物はいつだって目に見えていなかっただけで実は本当にすぐ近くにあって、そしてそれは見えてしまえば驚くほどあっけない。
それとも始めから何にもなかったのかもしれない。
終わりにしよう。
飽きた。
もう好きじゃない。
お前、面倒くさい。
そう告げられて言葉ひとつ出なかったし何より信じられなかった。簡単に気持ちが無くなってしまうなんて思えなかった。
なんで、どうして。
俺を突き放す言葉を散々吐き捨てた後、そんな疑問をぶつける暇も与えずにナツは俺から離れて行った。
「僕にしときなよ。」
獅子宮のレオとしてルーシィを守る精霊のロキ。
ナツとはまるっきり正反対でしょ、と本人の言うとおりだが、二人が独特な魅力を持っているところは共通している。
でも俺はいくらロキに口説かれようとも自分の気持ちを曲げるつもりはなかった。俺には、ナツという恋人がいたから。
その理由も無くなってしまった。
傷心の俺に優しくしてくれたロキに思惑があったかどうかなんて知らない。ただ、疲弊しきっていた俺の心身は彼のそばにいることで、確かに癒されていた。
振られてすぐ別の男と付き合うなんて、さぞかし図太い神経してると思われるだろうし、実際俺もそう思う。
ナツが知ったらどう思うか。いや、何も思わないだろう。俺に未練なんて、あるわけないんだから。
ナツと付き合っていた頃とは違い、会える時間も連絡を取れる時間も圧倒的に少ないけれど、それでもそんな僅かな時間が濃密で、嬉しかった。
ロキと過ごす時間は、ありのままの自分でいられた。張り合う必要もない。何故かロキが相手だと、あんなに意地っ張りで苦労した性格も丸くなって甘える事だって出来た。
素直な気持ちを伝え合うだけで、こんなにも満たされる。ナツと付き合っていた頃は、売り言葉に買い言葉で、純粋に恋愛を楽しんでいなかったのだと、今になって漸く気が付くことが出来た。
元からナツと俺の間には恋愛的な感情はなかったんだと思う。ライバルの延長線上で、高ぶる気持ちを勘違いしただけ。
今はロキが一番で、心から好きだと言える。
だからもう、絶対。次は間違わない。
「随分と楽しそうじゃねぇか。…グレイ。」
数日ぶりにロキとの夜を過ごし、ダルさの抜けきらない身体のまま向かったギルド。精霊界とこっちを行き来するだけでも大変で、疲れているはずのロキは朝から洗濯したり朝食の準備をしたり。ギルドでもずっと俺の傍にいてくれる。
またグレイったら脱いで。服着ないと風邪ひくよ、といつの間にか上半身裸の俺にそう声をかけてくれるから、着せてと甘えたような態度で頼めば、たちまちロキは嬉しそうな笑顔を見せて、自身の上着を俺に着せてくれた。
こんな些細なわがままがロキにとっては嬉しいそうだ。
迷惑じゃないかとか面倒じゃないかとか、不安に思っていれば、口に出さずともロキは欲しい言葉をすぐにくれる。
だから嬉しくて、いつもお返しと言って触れるだけのキスを送った。
ずっと、続けばいいのになって、思い始めた矢先のことだった。
ロキとべったりくっついて座るカウンターの後ろに男が立っていた。腕を組んで。つり上がった冷たい瞳には、ロキに抱き締められたままの俺がしっかりと写っていた。
別れてから気まずくて仕事も一緒に行かなくなったナツ。
そんな彼がすぐ後ろに、いる。
「今更何の用だい?」
「グレイを返してもらいに。」
「ふざけるな。グレイのこと酷い捨て方したくせに」
「あのなァ、捨て方はともかく捨ててあるものを勝手に持って行くのは犯罪なんだよ。」
ナツの前に立ちはだかって俺を守ろうとしてくれているロキに、ナツの眼も声も蔑んだように冷たい。実際、軽蔑しているのだろう。こんな俺と。こんな俺のそばにいるロキに。
別に仲が悪かった訳ではないのに、俺の所為で険悪な空気を醸している。
俺が原因なのに、俺にはどうすることも出来ないから、ただジッとことが解決してくれる時を待つしかない。
でもやっぱり、俺だけじゃなくロキまで見下すようなナツの態度が許せなくて、立ち上がろうとしたとき。
「来いよグレイ。」
「…。」
「お前は誰のもんだよ?」
何も答えずただ睨む俺にナツはため息をついた。ロキも依然としてナツを鋭く見つめているけれども、当のナツは視界にも入っていないかのように振る舞い、俺の方へと寄ってくる。
「おいで。」
先ほどとは打って変わって、ふんわりと俺を包み込む優しい声色。急な態度の変わりに驚いていると、距離を詰められて、そっと身体を引き寄せられる。
関係を自ら絶たせたナツが、こんなに優しくしてくるはずない。だからきっと何か裏があるのかもしれない。そんなつもり毛頭ないけれど、ロキを裏切ったら絶対に後悔する。二度目はない。俺はナツを振り払いロキに抱きついた。
「グレイ」
名前を呼ばれた。聞いたことのない、俺の心を揺する。ひどく優しい。ナツの声。
「グレイ…。」
名前を呼ばれた。心の底から、懇願するような悲痛な。ロキの声。
俺にはもう、ロキしかいないんだ。
でも初めてみるナツの表情にほんの少し揺らいでしまった。
わからない。わからないよ。もうなにも考えられない。なにも考えさせないでくれ。
湯船に身体を浸からせながら、湯気で曇った浴室からくもり扉の向こう側を眺める。
彼は今頃リビングで俺を待っているに違いない。
これで、よかったのか。自分が正しい選択をしたのかてわからないけど、少なくとも俺自身は間違ったとは思っていない。
こぼれ落ちるため息は狭い浴室によく響く。
「着替え、ここ置いとくから。」
考えに耽っていた俺を曇った扉の向こうから聞こえた声が呼び戻す。
彼の影が数秒間だけ見えて、俺に声を掛けるとすぐに脱衣所から出て行った。
体は逆上せあがって、心は彼らの熱に浮かされた。
合っているかは分からないけれど、この気持ちに嘘はない。
俺が愛しているのはあいつだけなんだ。
いい加減考えるのを止めようとケリをつけ、暖まりすぎた身体を浴槽から持ち上げた。
end
オチはお好きなほうで^^
012.07.24