昔と今の記憶




「何、じっと見られてると落ち着かないんだけど」

「えっ、そんなに見てた?」

「見てたよ。意味がないなら、別にいいけど」

 本当に勉強熱心なものだ。レポートに取り掛かってからのシンの集中力には恐れ入る。
 信じられない程レポートに追われてるから特に相手してやれないけど、と言われたけど、同じ時間を過ごしたくてシンの部屋を訪れて一時間。持ってきていた本がキリの良いところに来てしまってから、私は集中力が戻らなくなってシンを見ていた。

 普段ならあんまり忙しいと呼んでくれたりしないのに、こうやって呼んでもらえるだけで嬉しい気持ちと、やっぱり少しは構ってほしい気持ちが交錯する。
 集中してるシンの横顔が綺麗だなとか、いつの間にこんなに立派な男の人になってしまったんだろうと考える。

 私はシンの大事な成長の瞬間を意識的に見ないでいたから。
 男の人になってしまう事、三人で居られる時間が少なくなっている事、その事だけは意識的に感じるのを避けていた。
 本当に嫌だったから、現実を見るのは苦しくて仕方なかったから目を背けていた。

 結婚してやる、と約束してくれたあの子が成長してそれを忘れて、私をただの幼なじみとしてしか見なくなったあの時から。

『もし本当にオレが付き合ってって言ったら、おまえどうするの?』

『そんなに彼女欲しいの? シンなら良い子と付き合えると思うよ』

 付き合い始めてから一ヶ月、シンに堪えたと言われた私の言葉を今の私は覚えている。というより、つい最近思い出した。
 気にも止めていなかったけど、そうしようとずっとしてたからあんな反応になってしまったんだと思う。

『今更シンの事男の人としてなんて見られないよ』

 あの時点の私はシンを男の人として見るのを完全にやめていたから。
 そんなにいきなり男の人になられると困る。だってシンは、私に結婚してやるって言った事忘れてたじゃない。


「おい」

「へっ?」

「何深刻な顔してんだ。レポート、終わったから」

 思い出した事で考え込んでいたから、現実に戻ってきた瞬間シンの顔が近くて驚いた。

「……びっくりした」

「あんまり気付かないからキスしてやろうかと思った」

「!」

 少し意地悪に笑ったシンはその言葉の後にちゅ、と短いキスをしてきた。
 自分には本当に隙しかない。突然だとやっぱり恥ずかしくて受け止められない。

「いつまで経っても慣れないよな」

「だって、いきなりはやっぱり……」

「そう」

 少し寂しそうに眉を下げてからシンはまた顔を傾けて唇に触れてくる。
 あんな昔の事を考えていたからか、そっと腰に回った手が身体の線をなぞるのが途端に怖くなって、シンの胸を押し返してしまった。





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