多分、早く寝すぎたせい。ふ、とおそらく、真夜中であるこの微妙な時間に目が覚めてしまった。むくりと体を起こすとだいぶ温もった布団から熱が逃げるかのように、腹の辺りが少しだけひんやりと冷えた。ナツメ球が隣で寝息を立てている彼の頬を照らす。

(喉渇いたな)

隣で眠る彼を起こしてしまわないよう気をつけながら、どうにか布団から抜け出した。ひやりと冷えたフローリングを裸足で踏みながらキッチンまでひたりひたりと歩き、綺麗に片付けられたシンクを通り過ぎてすぐ奥に置いているまだ新しい冷蔵庫を開けた。ふわりと冷気が顔を纏う中で、この間買っておいたペットボトルの紅茶を取り出す。手に持ってみて量が減っている事に気が付き、多分彼が飲んだのかなあと頭の隅で考えながら飲み口に口をつけてそのまま喉を潤した。紅茶の独特の香りを感じながらそれを嚥下して、キャップを閉めればまたもとの場所に戻す。開けていた冷蔵庫を閉じると、シン、と静かな空気が耳に入り込むような錯覚。

「…なんだか目冴えちゃったなぁ」

夜中独特の薄暗さの中でぐ、と背伸びをしながらキッチンを出て、リビングへ足を踏み入れた。少しだけテレビでも見てから寝ようかな、と机の上に置いているはずの電気のリモコンを探していたとき、ふわ、とひんやりと冷たい風が私の周りを囲って通り過ぎた。風の出所を暗闇の中で目を凝らして探すと、リビングの向こう奥のほうにあるベランダのカーテンがふわりと揺れているのがぼやりと目に入った。空気が篭らないように、いつもベランダの窓を網戸にして寝ているのだ。なんとなく、たまには夜の空気でも吸おうかなと思い直せばテレビを見る計画は中断。網戸を横に開けて、裸足のままベランダに下りた。秋の夜の風が私の髪を梳くように流れる。一面を見渡すと、明かりが殆ど無い、真っ暗に近い風景。そのまま上を見上げたら、夜の空を綺麗に照らす月と、それに負けじと輝く星々。真夜中で町の光が殆ど無いために、より一層それらは輝いて見えた。

「名前」

ちかりちかりと煌く夜空にぼうっと見入ってしまっていたとき、背後から名前を呼ばれる。反射的にそちらをへ振り向くと、そこには先程までぐっすりと眠っていた恋人の姿。

「スガくん」
「風邪引くべ」

彼が手に持っていたのは、薄手のカーディガン。薄茶の生地に柔らかな赤と濃茶のチェックが規則的にプリントされた、私がいつも着ているそれだった。スガくんはカーディガンを私の肩にふわりと掛けてくれる。ありがとう、そう告げながら掛けて貰ったカーディガンをきちんと肩に掛け直すように襟元を引けば、彼は薄暗闇の中で嬉しそうに微笑んだ。

「何見てたんだー?」
「空。星がね、いつもより明るく見えて」
「まあ、夜中だしなぁ」

スガくんは私の隣に立って胸まである柵に手を掛けてから、私と同じようにぼうっと空を見上げ始めた。

「おー。すげえキレーだなー」
「うん」

空を見上げ、嬉しそうに話すスガくんの横顔をこっそりと覗いてみた。仰け反る首筋が、なんだか男らしくてどきりと胸が鳴る。すうっと通った鼻筋に、くるりと大きな瞳。それを更に印象付けるかのような泣きぼくろが目元に。髪も細くてさらりとしていて、

「あのさ、名前…」

空をじっと見つめていたその彼の大きな瞳が、今度は私の顔を、眼を捉える。

「そんなに見られると、恥ずかしいんだけど…」
「えっ!?わ、ご、ごめんっ」

彼の言葉を聞いて思わずばっと顔を背けた。じっと見つめていたのは確かなのだけれども、いざ指摘されるとだんだんと喉の下辺りから恥ずかしさが込み上げてくる。熱くなった顔を冷やすように冷たい風をすう、と吸って一つ深呼吸。顔の若干の火照りもだいぶ収まり、ちらりと今度はバレないように、スガくんの顔を覗き見た。スガくんはただ真っ直ぐに、考え事をしているような表情で暗闇の向こうを見つめていた。そのとき、ひゅうと少しだけ冷たい風が隣のほうから吹いてきて、思わず若干身を縮こめる。

「…もう秋だなー」
「うん、この間まであんなに暑かったのにね」
「でも、まだ昼は暑いべ」
「確かにそーだけどさ」

私達の何気ない、些細な会話も、吹き続ける秋風に乗って夜の闇に流されて行く。ぽつり、ぽつりと会話をぽろぽろと零しながら、だんだんと口数は減ってゆき、気が付いた時には私達の間に静かな沈黙が生まれていた。でもその沈黙すらもなんだか心地がよくて。隣に立つ彼の存在を感じながら、ぼうっとただ正面を見つめる。田舎の細い道に倣って立ち並ぶ民家。その向こうは暗くて何も見えないが、昼間は深い緑で覆われている青々とした山が見えるのだ。高校を卒業して、スガくんと毎日会えなくなる寂しさと不安を抱えていた私に、一緒に暮らそう、と私の手を握って言ってくれた日を思い出していた。まだ冬と春の匂いが五分五分だった頃。

(あの日は、少しだけ肌寒かったっけ)

「…もーすぐさ、一緒に暮らし始めて半年だなー」
「えっ」
「ん?」
「あ、いや…私も丁度、半年くらい前のこと思い出してて、」

びっくりした。そう笑って告げたら俺達気ィ合うな、とスガくんも笑って。一瞬でも同じ事を考えていた、という紛れもない事実になんだか妙に嬉しくなってしまって、思わず頬が緩む。スガくんとは高校の丁度真ん中の時期くらいからの付き合いだが、こうやって二人で笑い合えることへの嬉しさは、まだ色褪せない。もう何回こうやって話をしただろうか。何回手を繋いで、何回キスを交わして。何回互いの体温を感じただろうか。それでもスガくんへの想いは日に日に増してゆくばかり。

「早いね。もう半年なんだ」
「付き合ってだともーすぐ二年になるしな」
「付き合い始めたのがついこの間みたいな感じなのに」

スガくんに片思いをしていた時の気持ちも、スガくんが私のことを好きだと言ってくれた時の嬉しさも、思い出すたびにぎゅっと胸の奥が熱く熱を孕む。すぐ手前にある夜の空気で冷たくなった柵を握りこめば、その手の甲にスガくんのあたたかい手のひらが触れた。スガくんの細い指にぎゅっと力が込められる。スガくん?そう。彼のほうへ振り返ると、スガくんは頭上できらきらと輝く夜空を見上げながら、口を開いた。

「これからさ、大人になってくじゃん。俺も、名前も」
「うん、そうだね」

ふわりと吹いた風が、スガくんの前髪を浮かし、眉の端までが見えた。真っ直ぐ夜空に向けられた目が一度だけぱちりとまばたきをする。

「…10年20年経って、今の俺達には想像できないくらい、周りが変わっちゃってもさ」

じいっと見つめていた彼の瞳が此方を向いた。スターライトの残像が、深く煌く彼の瞳に一瞬だけ宿って消えてしまう。微笑むことで持ち上がった頬がもともと丸い目までもを小さくする。少しだけ目元を細めて笑う彼の表情を見ると、なんだかとても切ないような、なんとも言えない気持ちが胸を侵食した。視界にちらつく、飛行機のライトの点滅が、煩わしい。

「名前だけは、ずっと俺の隣に居て欲しいな」

つんと鼻頭が熱くなった。目の前で、少しだけ恥ずかしそうにはにかむ彼が本当に大好きで、愛おしくて。ぎゅって、苦しくなるくらいに抱きしめたい衝動に駆られて。重ねられていた手を握って力任せに自分の方へ引いた。身長20センチの差はなかなか大きいが、そんなの気にしないまま、彼に飛びついて首に腕を回す。

「っわ、ちょ、名前、危な…っ」
「スガくん大好きっ」

密着した彼の体は、風に当たってだいぶひんやりしていた。堪らなくなり彼の首元でそう告げれば、スガくんも「大好きだよ」と私の耳元で囁いてくれた。スガくんの手が、私の後頭部を撫でるのが心地良い。

「私は、スガくんの隣が一番幸せだよ」

だから、ずっと一緒に居ようね。自分でもドラマの中でしか聞かないようなベタなセリフだと心の中で自嘲気味に笑った。案の定スガくんにもベタすぎだ、と笑われてしまったし。(でもスガくんも恥ずかしいセリフいっぱい吐いてるような気がする)真夜中の町に、私たちを照らしていた月が一瞬だけ雲に隠れてふっと影が差したのに気が付いた。そろそろ寝ようか、とスガくんが私の手を引く。これから秋が通り過ぎて冬がやって来ても、私を温めてくれるのはこの優しいスガくんの手であって欲しいな。



スターライトときみの瞳

writer 小純

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