流れるように移ろう景色を眺める。通勤でいつもと変わらない見飽きた景色。窓から見える景色は変わり映えしない建物とネオンに覆い尽されていた。夜の東京の景色を見ているのはせいぜい私ぐらいで、他の乗客はすし詰めになった車内でスマホを弄ったり、疲労感に後押しされて寝ている人であふれている。私だっていつもなら最近ダウンロードしたゲームアプリでもして時間を潰しているけど、今日はもう充電がヤバいから。最近、調子が悪いのか何もしていないのに消費が激しい。それに諸々のデータがよく消えるし、読み込みも遅い。明日かあたりに時間を見つけてケータイショップに行かないとダメかなと思っていたら、ふと窓に雨粒1滴、付いたのが見えた。
 あ、と一文字口からこぼれた時にはすでに遅い。瞬く間にまた1粒、2粒とやがてそれは少し強めの雨に変わった後。

 ざあああああ。

 降り出した雨音に気付いた人々が数人、顔を上げて各々見える位置から外の状況をうかがう。浮かぶ表情は当然と言うべきか芳しくない。それもそのはずで、天気予報で今日に雨が降るなど予報されていなかったから。車内にいる人々の手に傘は握られていない。
 今の季節を考えるときっと夕立が急に前触れもなく訪れるのは仕方ないけど………じめっとした湿気に拍車がかかって鬱陶しいし、なにより台風がやっと去って溜めていた洗濯物がとため息がこぼれる。
 京治くんは確か飲み会に誘われたから帰るのは夜遅くなるって朝出かける前に言ってたから洗濯物が無事であることは望めないだろう。上京で1人暮らしを始めて、ややしてから増えたもう1人の同居人も家にいない。同居を始めるきっかけとなったプロポーズで「俺がいたら、もし雨降った時は干していた洗濯物をちゃんと取り込みますよ」って言っていたのに。ちなみにこのプロポーズは友達曰くナイらしいが、私個人からしたらちょっとときめいたのは余談だろうか。
 とにかく、またあの量を洗濯物はやり直し。ちょろちょろと蛇口を少し捻っただけぐらいの小雨だったら夜通し干していたら朝には乾いていそうだけど、この雨の強さならそれすらも叶わないだろう。はあ、とまたしても溜め息がこぼれる。
 そうこうしている間にも電車は私が降りる駅へ着いた。まだ雨は止まない。定期のSUICAで改札を通り抜けて、駅の外に出るもせっかくさっきまでは快晴だったのに最悪と、鞄を漁る。あ、あった。底にあった物を取り出そうとしたら、「名前さん」

「え、京治くん?」

 声がした方を向くと、そこには傘を差した京治くんがいた。深緑色をした紳士用の傘にすっぽり覆われた彼は私の姿を見つけ、こちらに向かってくる。どうして京治くんが。今日はお昼から大学で、その後飲み会だから遅くなるって言ってたのに。疑問符を浮かべて首を傾げると、京治くんがそんな私を察したのか口を開いた。

「急に中止になったんですよ。よく分かりませんが、主催だった奴がある理由ができて来れないとかで。まあ、こうやって雨降りましたし結果的にオーライでした」
「へえ。じゃあ、飲み会はまた後日ってことだね」
「そうなります。はあ、せっかく奢りで飲めると思ったのですが」
「最近そういえば京治くん飲んでないよね。休肝?」
「まあ、それもあります。前の合宿の打ち上げで飲み過ぎて色々とやらかしたので自制がてらに」
「京治くんって顔に出ないタイプで、しかも直前まですっごく素面に見えるけど酔う時ははっちゃける度が行き過ぎたら迷惑なタイプだよね」
「酷い言い草ですね」
「でも、ぐうの音も出ないほど当たってるでしょ」
「………とにかく帰りましょう。急に降り出したのでわざわざ迎えに来たのですよ、俺」

 酒の話が絡むと彼はバツが悪そうな顔をして、さらりと上手くいっていない話題転換。深緑の大きな傘を私の方に傾ける。鈍色の曇天に隠された陽の下だけど、大きな傘に覆い隠されて影が差したのを感じた。あ、と私はそこで思い出して声が上げる。「あのね、京治くん」
 私が声をかけると京治くんは「どうかしましたか」と言いたげな視線を向けた。えっと、と言葉を紡いだが、結局私は「あはは、忘れちゃったごめん、なんでもないや」と言葉にするのを止めた。せっかく、わざわざ迎えに来てくれたのに言っちゃたらなんか酷だし。

「京治くんが迎えに来てくれたことだし、帰ろっか」
「そうですね。ついでにスーパー寄って帰りますか?」
「そうだね。もしかたら前にみたいに雨のセールやってるかもだし」

 晩御飯何がいいとか。そんな話をしながら私たちはひとつの傘に2人。帰り道を辿った。
 道中にスーパーに入って、セールで安くなってた野菜とか惣菜とか買った。セールやってて良かったね。そうですね。とかなんとか。その間も変わらずずっと雨は降っていた。京治くんがスーパーで買った物を持ってくれて、その代わりに私が傘を持った。
 もう少しで私たちが住んでいるマンションで、もう建物が見えてきたところで私の視線は自然と上へ向く。雨でダメになった洗濯物を確認するために。私たちの部屋は202号室。
2階の真ん中に目を向けると、そこのベランダには何も干されてなかった。「えっ、」お隣の部屋のベランダ同様に何も干されていないベランダ。あれ、と思ったけどすぐに一緒に肩をならばせて傘に入っている彼のことを思い出す。

「ねえ、」
「俺は前の彼氏みたいに雨が降っていても平気で洗濯物を放置する男ではないんで。名前さんに言ったことも忘れていませんし」
「そっかあ、ありがとう」

 よくよく考えてみれば、朝出かけた際に傘なんて持ってなかった京治くんが傘を持って迎えに来ているからいったん家に帰ったのは目白なのに、バカだなぁ私。帰ってきた時間帯を考えると雨が降り出した時には家にいただろうし、干しってあった洗濯物を取り込んでから私を迎えに駅まで行ったのだろう。なんて、ありがたい彼氏だこと。年下でも、やっぱり京治くんは侮れまい。

「どういたしまして。………って、何ですかその顔は」
「えへへ、いや京治くんはほんと立派な子だなーって思って」
「また年下扱いですか」
「年下扱いって、そういう京治くんも私にいつまでも敬語じゃん。もう2人でいて3年経つのに」
「これは部活の癖で、つい年上には敬語になってしまうだけです」
「ほら、年上って! 私のこと年上って認識しているよ。そうやって自分も年上とか年下とか線引きしてる」
「……………名前、」
「 、」
「さん。名前さん、さっさと家に帰りましょう」
「そ、そうだね」

 いつもと違って呼び捨てで名前を呼ばれて、一瞬心臓がドキッてした。3年も一緒にいるからもうお互い知らぬ仲じゃないし、たいていのことには馴れてたはずだけどまさか名前を呼ばれるだけでとは。なんかこんな感覚って、きらきらとした学生時代に忘れてきた感覚だなっと赤らんでしまった顔にひっそりと扇ぎながら思った。
 そういえば、こうやって2人肩をならべて傘に入る―――相合傘なんて青春ぽいなあ。こっちはさっきにみたいに妙なドキドキがないから安心するけど。たまにはこんな年に似合わないことをしても良いかもしれない。

「ねえ、すっかり言い忘れちゃったけど。迎えに来てくれてありがとう、京治くん」

 今度、また急に雨が降り出した時は私が京治くんを駅まで迎えに行ってあげよう。そして、今日みたいにちょっとだけ遠回りして一緒に2人の家に帰ろうね。



レイニー、傘にはいるかい

title 天文学 / writer シノ

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