二口堅治という男は、ほんとうに出来た同居人だとおもう。
口は悪いけどわたしの方が帰りが遅いときには2人分のご飯を作って待っていてくれるし、わたしが2人分の洗濯機を回していればちゃちゃっと2人分干していてくれたりする。
保育士を目指す短大生のわたしと、高卒で電気機器の営業マンのニロちゃん。こんなちぐはぐなわたしたちが同居しているのも何かの縁なのだ、きっと。


付き合っているわけではないわたしとニロちゃんが同居している事情は、話せば仲良くなるので割愛。一歩間違えれば引きこもり街道まっしぐらのわたしを毎日送り出してくれる彼がいなければ、わたしはそろそろこの部屋でミイラと化していたことは言うまでもない。ありがとうニロちゃん、マイゴッド。


そんな、マイゴッドこと同居人のニロちゃんにひっそりと恋心を抱いていることはわたしのなかで唯一で最大の秘密である。



「ただいまぁ」「おかえりニロちゃん、おつかれさま。今日はロールキャベツにしたよ」「お、やった。」
彼が着替えたところで食卓についた。きちんと手を合わせて、それからとてもちいさな声ではあるけれど「うまい」と言ってくれるニロちゃんの、こういうところがすごく好きだとおもう。それからなんでもない話をして、食事を作ってもらった側が皿を洗うという最初に決めたルール通りに彼が食器を洗いはじめた。わたしは学校から出されたレポートを片付けることにする。テンポよく進む自分の手に内心ガッツポーズ。これが終わったらDVDでも観ないかと提案しようとした瞬間、ニロちゃんの携帯が着信を告げた。

「もしもし。…あ、サトミさん?」

それきり言葉を発さず、彼は何気ない様子で部屋を後にした。自分の手が、パタリと止まったのがわかる。さっきまで浮かんでいた文章は一文字も出てこない。その代わりに頭のなかに、疑問符ばかりが浮かんだ。
サトミさんって誰?どういう関係のひと?ニロちゃんにとって、どんな存在?


ひとつため息をつく。
________あぁわたし、この程度で揺らぐんだ。


たのしかったことも、嬉しかったことも、こんなことの比じゃないほどにある。ニロちゃんのことを好きだとおもったのは最近のことではないし、彼だってわたしにいつもやさしくしてくれる。それなのに、ここまできてわたしは何を望んでいるのだろう。


「わり、水道の水出しっぱなしだった…って、え?!ちょ、おまえ、なんで泣いてんの?!」

通話を終えたらしい彼が戻ってきて、そのまま明らかに慌てた様子でわたしの元に駆け寄ってきた。わたしの足元に膝をついて目線を合わせてくれるちいさなニロちゃんのやさしさが嬉しくて、いまは痛い。


「どうしたんだよ、一体」
「べつに、」
「なんでもない、じゃねーよ」
「べつに!」

「ニロちゃんが話してたひとが、気になるんだよ!鬱陶しいと思われるのは承知だけど、でも、ごめん、でもね、好きなの。」

あぁ、言ってしまった。
どうしてあんなに毎日言わないようにしていたことばが、こんなにつるりとこぼれ落ちたんだろう。涙が止まらないわたしを、ニロちゃんがふわりと抱きしめた。あきらかに加減されているとわかる抱きしめ方。


「なんでおまえそういうこと言っちゃうの」
「…ごめ、」
「あんさ、さっきの電話の相手は茂庭さん…えっと、先輩の彼女で高校時代のマネージャー。ひとが毎日でおまえのこと好きだって感情隠すのに苦労してたと思ってんだよ」
「…え?」


ん、好き。と何気ない口調を装って、でもそっぽを向いた彼の顔はあかい。
「ニロちゃん、ニロちゃん。」
「その呼び方やめろ。もうただの同居人じゃないんだから。」


そのことばにじんわりと嬉しくなる。
それからすこしだけ躊躇して、堅治くん、とちいさく呼んだわたしに、彼はものすごく嬉しそうな顔をした。



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writer 海月

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