美味しいトーストと、そうでないトーストには、それ自体に大した差はない。その時の温度や湿度、時刻や場所やBGM、一緒にいる人や、昨日観た映画、未来の展望や予感のようなもの。それらの濃淡によって、美味しかったりそうでなかったりする。今、わたしが頬張っている小麦色のトーストが素晴らしく美味しく感じられるのは きっと、向かいの席に彼が座って同じようにトーストを頬張っているからだ。

「フルーツジュース?」
「うん。堅治のお母さんがこの前送ってくれた果物、傷んできちゃってたから」
「すっげぇ量送られてきたもんな」

ケラケラ笑いながらコップを持ち上げた堅治は、フルーツジュースを一口飲んで また作ってよと言った。なんだか妙に嬉しくて何度も頷けば赤べこかよ、なんて言ってからかわれたけれど、それすらも愛しい。

「ごちそうさま」

一足先に食べ終えた堅治が食器洗いを始める。その後ろ姿を眺めて、わたしは愉悦に浸りながら小さくなったトーストを口の中に放り込んだ。
高卒で就職した堅治と大学に進学した私を比べれば 当然、学生の私の方が時間はあるわけで、家事全般は私が引き受けているのだけれど皿洗いだけは堅治が自分がやると譲らなかった。そういう、意外と律儀な一面があることをわたしはつい最近まで知らなかった。一緒に暮らし始めてから、今まで知らなかったことがたくさんあった事に気づかされる。

支度を済ませて玄関で靴を履き終た堅治にスーツの上着とお弁当を渡す。なんだか新婚さんみたいで、こればかりは何度やっても照れくさい。

「今日、遅くなるから晩飯先食ってて」
「…分かった。」
「なに、寂しい?」
「べっつにー?」
「いってきますのチューでもしとく?」

わたしの肩に手を掛けニヤリと、口角を上げて笑う。そういうところだけは高校時代から変わっていない。赤くなった顔を隠すように、やんないよ、と背中を押して鞄を持たせれば、ちぇっと唇を尖らせた。

「じゃあ、俺がしたいって言ったら?」

疑問で問いかけて来たくせに、答える前に口を塞がれた。触れるだけの短いそれは、胸の中を彼への愛しさでいっぱいにするには十分だった。「…いってらっしゃい」私の口から出たのはボソリと小さいものだったけれど、彼は満足気に笑って「いってきます」と玄関のドアを開けて出て行った。

朝食は特別だ。昼食や夕食は顔見知り程度の人とだって食べられるけれど、朝食は家族や特別親しい人間でない限り一緒に食べることはそう出来ないのだと小さい頃にお婆ちゃんから聞いた。これから先、朝食を共にするのが堅治であればいいなと思う。そして間にふたりの血の繋がった小さな子供がいれば尚最高だ。



しあわせの殻の中

writer 椎名

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