幼馴染みとはどうにもめんどくさいものだと、最近つくづく思う。 きっと彼女の中で、俺の立ち位置は兄とか弟とかはたまた父とかそんなところなのだろう。つまり家族だ。それ以上でもそれ以下でもない。良く言えば信頼はされている。それはもうこれ以上ないくらいに心の底から。 「及川ー!洗剤切れてたから買ってきた!あと夕飯!」 でなければこんな風に恋人でもない独り暮らしの男の家に居着いたりしないだろう。 偶然トビオに会ったからカレー食べたくなった!と言いながらエコ袋から肉やらルーやら取り出すご機嫌な後ろ姿を眺めながら、俺は盛大にため息をつきたくなった。 確かにエプロン姿で台所に立つ姿は可愛いし、それこそまるで同棲してるみたいで楽しくはなるんだけど。まあその反面、彼女は全然全くそんなこと思ってもいないだろうからとてつもなく虚しくなる。 信頼されてるってことはつまり一切警戒されていないし、男として見られてないってことだ。それはなんて虚しいんだろう。 幼馴染みと言えど、俺が彼女に抱いてる感情は幼馴染みのそれじゃあない。幼馴染みの俺のことを本当に幼馴染みとしか見ていない彼女とは真逆。俺は異性として、幼馴染みの名前ちゃんが好きだ。 望み薄だなんて誰よりも知っている。俺がどれだけこの子のことを見てきたと思っているんだ。俺より名前ちゃんのことをわかっている奴なんかいないし、いたとしてもそれは岩ちゃんだ。もっとも、俺は鈍感な岩ちゃんよりも名前ちゃんのことをわかっている自信は当然のごとくあるけどね。 「名前ちゃんー」 「んー?」 「好きだよ」 ピーラーとニンジンを手にしたまま振り返った名前ちゃんにそう告げてみた。 俺にきゃあきゃあ言ってくる女の子とかだったら、きっとこれでもかと嬉しそうな顔をしたり照れたりしてくれるんだろう。 けれど名前ちゃんは良い意味でも悪い意味でも予想を裏切らない。これでもかと眩しい笑顔で答えてくれた。 「あたしもカレー好き!」 どうしてそうなる。 話の脈絡か。名前ちゃんの中ではまだトビオとカレーの話は続いていたのか。終わろうよ。 いつだってこんな調子だ。もし仮に俺が名前ちゃんを押し倒したとしても、彼女はいつも通りの顔できょとんと首をかしげるんだ。知ってた。なんで知ってるか、そんなのやったことがあるからに決まってる。なんにも知らない顔をして「どうしたの?」なんて聞かれてしまっては付け込むなんて気すら削がれた。完敗だった。 そもそも、名前ちゃんは自分が男に何かされる対象であるという感覚を一切持ってない。それはもうまるっきし。まあ主に長期に渡って名前ちゃんのセコムと化してた俺と岩ちゃんのせいなんだけれども。 だから好きと言われても何の気なく眩しく笑うし、押し倒されてもきょとんとする。多分服を脱がそうとしたって危機感なんか持ちやしない。 当然、恋愛感情なんてあってないようなものだろう。 きっとそれは、むしろ、好都合なのかもしれない。 だって付け入る隙しか無いのだ。その気になれば上手いこと丸め込んで自分のものにしてしまうことだって出来る。 ご機嫌よくテーマパークのCMソングを口ずさみながら野菜を炒める名前ちゃんに、俺はそっと近付いた。 小さい背中。俺もよりずっとずっと小さい体は、俺が本気を出せば抵抗なんて出来やしないのが見ただけでわかる。もし本当に俺がそうしたら、流石の名前ちゃんも気が付くかな。いや、そこまでしなくても普通にキスしてやれば鈍感な名前ちゃんだって気付くだろう。キスの意味、そのくらいは名前ちゃんにもわかるに決まっている。 キスをして、力づくで押さえつけて、俺が今までどんな思いを抱えてきたか教えてやったら、この子は一体どんな顔をするのだろう。驚くだろうか、わけがわからないと困るだろうか。 けど、それは、 「名前ちゃん」 「ん?なに、及川おなかへったの?」 「んーん、俺も手伝おうと思って。何したらいい?」 名前ちゃんの後ろからそう声をかけると、なんの疑いも持たない眩しい笑顔で俺を見上げてきた。 「じゃあ味見!」 「いやそれまだ味付けしてないよね!?」 恋愛感情なんか一切孕んでいない無邪気な笑顔。邪な俺とは正反対な、名前ちゃんの一番可愛い笑顔だ。 この笑顔を俺のものにするためには、今はまだ、違う。名前ちゃんに俺の抱えてるものを突きつけるのも、それは今じゃない。 「だって及川炒めるの下手じゃん。前も焦がしたよ?」 「あれは油入れすぎちゃっただけだし!カレーは大丈夫だし!」 「あたし苦いカレーはやだ」 「焦げる前提!?名前ちゃん酷い!」 今じゃない。 だから俺はひとつ屋根の下、今日も今日とてこっそりと、名前ちゃんを狙う狼をひた隠しにするのだった。 ひとつ屋根の下の狼さんwriter 野良黒斗 |