※社会人設定 「ずっと、あなたのことが、好きでした」 なんて。この世の終わりみたいな顔で言うので。つい、ほだされちゃって俺は。 「じゃあ付き合ちゃおうか」 なんて言ってしまったんだった。言った自分もちょっと驚いたけど、言われた彼女はもっと驚いていた。 「ぅえええええ!!??」 顎が外れそうなくらいに口をぱかっと開けてたっけ。不思議の国に迷い込んだアリスだって、あんなにびっくりしないだろう。あの間抜けヅラは、他に類を見ないものだった。忘れられないんだろうなと思う。きっと一生忘れない。絶対、忘れない。 * 「そもそも、付き合うとはどうすればいいんですかね」 及川先輩。わたし年齢イコール彼氏なし更新してたんです。及川先輩が初彼なんです。どうすればいいですかね。 いや、そんなことカムアウトされても。 「………そんなことも分からずに告ったの?」 「えーと、あの、こういう展開になるなんて思ってもなかったので」 後輩ちゃんは俯いてしまった。頬が赤い。俯いてしまったから顔は見えなくてサラサラの髪が目に入った。触ったらどんな手触りなんだろうとぼんやりと考える。 後輩ちゃんとは同じ部署の先輩と後輩の仲で、知り合ってから二年も経ってないんだけど割と一緒にいることが多かった。たぶん他の女の子より話しやすかったんだと思う。でも、まさかこの彼女がこんな風に思ってくれてるなんて言われるまで全然気付かなかった。俺は俯いたままの後輩ちゃんのサラサラの髪をじっと見た。 「そっかー」 じゃあどういうつもりで好きだなんて言ったんだ。別に言われて嬉しくなかったわけじゃないが、せっかく受け入れてやったのにこの薄い反応はナシだと思うわけで。あんまり深く俯いているから俺は彼女が心配になった。 ここは人気のない資料室で、俺たちが立っているのは資料棚の奥まったところだ。普段あまり使わないからこういうときには便利なわけだけど、こうも沈黙が続くと気まずくなる。 なんて切り出そうか考えているとずっと黙っているのが沈黙が怖くなったのか、後輩ちゃんがぽつんと喋った。 「だって、あきらめなきゃいけないって、ずっとそればかり思ってましたから」 声が上擦っていた。俺は不覚にも、そんな後輩の健気さにちょっとときめいてしまった。なんだなんだ、可愛いじゃないか。 「だからその先のことなんか全然考えてなくて、わたし……もうどうしていいかわかんなくて」 ぎゅっと手を握り締めた。タイトスカートから覗く足が目に入る。細くもなくて太くもない。足首はきゅっと締まっていて好みだった。 そういう反応も新鮮で好きだ。告白はいっぱいされてきたけどここまでドキドキしたことはなかったように思う。 今まで付き合ってきたのは年上のおねえさまばかりだったけど…。よし、決めた。 「じゃあさ、俺に任せてよ。付き合うってどういうことか教えてあげる」 「あ、はい。よろしくお願いします!」 後輩ちゃんはペコリと頭を下げた。 いいね、いいね。こういう素直さがいいね。 「んじゃ手始めに」 俺はちょいちょいと人指し指で後輩ちゃんを傍に寄せた。 「ちょっと顔上げて。やりにくい」 「何をです、…っ!?」 何ってキス以外に何があると思ってたんだろうね、この子は。 ガチガチに固まっている唇をぺろりと舐めてやると、飛び上がって驚いた。 おかしくなって、俺はとうとう声を出して笑った。楽しくなりそうだ。そんなふうに思った。 * それから二年。俺たちはなんだかんだ順調だ。一年前に部署の移動が決まって離れてしまったけど、お昼は一緒に食べるし、定時で上がれるときは一緒に帰るときもある。まあ、そんなわけで一ヶ月前に同棲なんてものを始めたんだけどこれがなかなかいいんだよね。俺が残業で遅く帰ったときはおかえりなさいって出迎えてくれるし、美味しいごはんまで用意してくれるし(これがまた美味しくてコンビニ弁当が不味いとか思っちゃってるし)、俺好みになってく後輩ちゃんが物凄く好きすぎて困る毎日を送ってるわけですよ。 「ただいま、名前ちゃん」 「おかえりなさい、徹さん」 ふたりの永遠がそこにあるtitle 寡黙 / writer 瓔子 |