長編 | ナノ


 店内は外装以上に薄暗く、埃っぽくありました。彼方此方に悪趣味ながらくたが置いてあります。恐る恐るこんにちは、と声を掛けてみましたが、返事はありません。主の方はお留守かと思案しているところへ「やア。」と突然声がしたので酷く驚きました。
「いらっしゃい。お客さんだね。」
 目を凝らしてみると奥の席に、如何にも胡散臭いを体現したような男が座っていました。
暗闇に浮かぶ青白い肌はまるで死人のようで気味が悪く、頬杖を付いた腕はひょろりと長く、骨が浮き出ていて今にも折れてしまいそうです。男の頭には大王と書かれたちんけな帽子が乗っかっていました。
「とりあえず掛けなよ。それからゆっくり聞こう。」
「あの、いえ私…お客ではなくて。」
「へエ?」
 男は興味深気に切れ長の瞳を向けました。眼光の鋭さにたじろぎましたが、足を踏張って自分を奮い立たせました。
「あの、私をここで雇っていただきたいんです。」
「雇うだって?残念だがね、見ての通りこの店は客が来ないから人手も足りてるよ。」
「そこをなんとか……。」
 此処で雇って貰えなければ、残る道は死か身売りかです。縋る思いで食い下がりました。しかし男は嘲るように口角を上げると、「ここじゃなくたって店はいくらでもあるぢゃあないか。」と言いました。
「それは……。」
 言葉に詰まると男はふうんと呟き髭のない顎を撫でながらじろじろと私の頭の天辺から爪先まで品定めするように眺めました。その目付きは冷たい蜥蜴(とかげ)のようで、全てを見透かされているようで気味が悪かくありました。
「まあいい。雇ってあげよう。道に放り出すのも気が進まないからね。」
 なんせ今の時間は警察がうろついているからねえ、その言葉に反射的に俯いていた顔を上げると、彼は意味あり気にくつくつと喉の奥で嗤いました。
 忽ち恐ろしくなって逃げ出したくなりましたが、もう行き場なないのだと思い出して踏み留まるよりほかありませんでした。
「まあまあそう怯えなさんな。取って喰おうなんてつもりはないんだ。」
「………。」
「ともかく働くにせよ逃げ出すにせよ今日はもう遅い。付いておいで。」
 言われたままに細い背中に付き従ってキイキイと甲高く軋む廊下を行くと、先程の部屋よりも数段埃っぽい小さな部屋に着きました。天井や床は染みだらけで、蜘蛛の巣さえ張っております。部屋の真ん中には幾つも穴の開いた天鵞絨(びろうど)張りのソファがあり、壁には壊れた脚立だの、拉げたバケットだの、柄が折れた箒だのが立て掛けてありました。
「生憎物置しか空いてなくて悪いがね。今夜は此処で休んでくれ。」
彼は手に持ったカンテラと毛布を差し出して「お休み。」と言うと元来た廊下を引き返してしまいました。その背中を見送ってから倒れるようにソファに横になりました。歩き疲れた身体が鉛のように重く感じました。明日のことを考えるより先に、疲れはいとも簡単に私を夢へと誘(いざな)ったのであります。






20100806
20110326 修正
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