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彼女が言うことはいつも支離滅裂だ。たとえば猫が嫌いと言ったかと思ったら、次の日には好きだと言う。珈琲が好きだと言うから淹れたら紅茶の方が好きだと言う。雨の日が好きだと言ったらもう数時間後には雨の日が嫌いだと癇癪を起こしている。矛盾している。ちぐはぐだ。大王曰く、秩序を大切にするらしい僕にはさっぱり理解できない。



「王子様はね、来ると思うんだ」

突然呟いた彼女は窓の外を眺めていて、今のは僕に言ったのかただの独り言なのか分からないので、はあ、と控え目に相槌を打った。王子様というものがいまいち想像できなかったが、聞かないほうが得策だろうと思って黙っていた。

「嘘」
「え?」
「やっぱり来ないと思う」

彼女は素っ気なく言って窓枠から離れた。ほんの数秒で意見が真逆に変わった彼女をあっけにとられてみつめるが、当の本人は何食わぬ顔で机上の書類を纏め始めている。

「どうしたの鬼男君。鳩が豆鉄砲食らったような顔して。鬼の癖に」
「あ、はあ、いや」
「だって、私には王子様なんて必要ないもの」

だから来ないと思う、ぱちん!書類に丸く空いた2つの穴を見ながら彼女の言葉にさっぱり理解が追いつかない。
ぱちん!
僕のことなんてお構いなしに彼女はするすると書類に紐を通している。

「どうして、とは聞かないの」
「え…ど、どうして?」
「随分無理矢理ね」
「…どうしてですか」
「だって私、好きな人いるもの」
「えっ」

素直に驚いた声を上げればそんなに意外?、と彼女は少し気分を害したようにじろりと睨んだ。
すみませんと謝ったもののまあはっきり言ってしまえば意外だった。

「ねえ鬼男君。まだ気付かない?」
「え?」
「仕事以外のことになるとほんと鈍いんだから」

それってどういう意味ですか、聞こうとしたら私ね、と遮られた。

「猫は、好きよ」
「そうなんですか?」
「今日はね。明日は嫌いかも」
「、はあ」
「今日は珈琲が好き。紅茶よりも」
「へえ」
「今は雨って嫌いじゃないわ」
「なるほど」
「ねえねえ、鬼男君。私はたしかに気紛れかもしれないけれど、ひとつだけいつでも好きなものがあるの」
「はあ、なんですか?」
「当ててみて」

悪戯っぽく彼女が微笑んだので細い腕を引き寄せた。さあて豆でも食らうかはたまたビンタでも食らうか。彼女の満足そうな笑顔を見ているとその心配はなさそうだ。






20100717
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