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たとえば映画が観たいだとか、どこそこのドーナツが食べたいだとか。どんなわがままを言っても彼は嫌な顔ひとつせずにいいよと承諾してくれる。それがどんなにマイナーな作品であろうと必ず上映している映画館をみつけてきてくれるし、頼んだお店がたとえ一駅先だろうと電車に乗ってまで買ってきてくれる。
私はそのことに対して満足していたし、彼の優しさに甘えてもいたのだけれど、それがいわゆる恋人だとか好きな人だとかに向けられる愛情だと勘違いするほど自惚れてはいなかった。
彼にとって私はきっとわがままで甘えん坊の妹のようなもので、だから彼だってしょうがないなあという風に笑って私のわがままを聞き入れてくれてくれるのだ。

「ねえ鬼男」
「うん?」
「駅前のシュークリームが食べたい」

彼はやっぱり仕方ないなと笑ってコートを羽織ると私の頭をあやすように撫でて待っててな、と出ていってしまった。
彼は私の願いを何でも叶えてくれるけれど、きっと一番の願いは叶えてくれない。
彼の心なんて望んだところで手に入るような代物じゃないのだから。






20100615
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