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乾いた音を立てて灰皿が滑り落ちた。散らばった灰に内心舌を打つ。雑巾を取ってこようと踵を返して取っ手を掴む前に反対側から扉が開いた。

「――っとなまえ、ジーサン見てないか」
「いえ…見ていませんが」
「そうか。ったくどこ行っちまったんだろうな」

狼捜査官はがしがしと頭を掻いて皮張りのソファーにどさりと腰掛けた。ジーサンというのは彼の上司のことである。(と同時に私の上司でもあるわけだが)
困ったことに気ままな性格で、しょっちゅう姿を眩ますのだ。

「私、探してきますね」
「なまえ」

伸ばした手はまたも取っ手を掴むことなく私を呼んだ声によって空に落ちた。平静を装って振り返る。浅はかな期待と不吉な予感が交互に心臓を押し上げて鼓動が速まった。

「なんですか」
「この前のことだが…」

本気か?、狼捜査官にしては珍しく戸惑った様子で口を開く。鼓動は相変わらず煩かったが向き直って鋭い眼を真っ直ぐ見返した。

「…冗談だと思いますか」
「いや…そうだな冗談とは思っちゃいねえよ。ただ、お前は部下だ」
「…………」
「お前は俺にとっちゃあ何より大事な部下だ。それ以上でも以下でもねえ」
「…ミスター狼、その言い方は狡いです」

不吉な予感が勝って心臓を突き上げて痛かった。泣いては私の方が狡くなってしまいそうで必死で笑顔を作った。(きっと、私は今泣き笑いのような表情なんだろう)

「…悪い。狡いことは重々承知だ。けどどうしたってお前は大事な部下なんだよ」

優しくて残酷な言葉に溢れだした私の心臓は零れ落ちた灰のように拾う人なんていやしないのだ。






20100525
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