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竹中さあん、危ないよう。こっちは気が気でないのに当の本人は、なあに大丈夫さ、と気楽なものだ。月が照らすだけの海岸は思ったよりもずっと暗くて、岩上に佇むわたしは気ままに縦横する竹中さんを見失うまいと必死だ。万が一溺れたらと思うと不安だったが愉しげな彼を見ているとどうしてももう帰ろうなんて言えなくて、わたしは黙って揺れる波間を見つめている。見渡す限りの黒は今にも竹中さんを飲み込んでしまうんじゃないかと思った。わたしの心配そうな表情に気づいたのだろう、目が合った竹中さんが浜の方に泳ぎ戻ってきた。

「そこにいてもつまらないだろう。なまえもいっしょに泳ごう」
「え…だってわたし服これだよ」

ペイズリー柄のワンピースを指差したけれど竹中さんは「問題ない」と海の中からわたしの腕を引いた。きゃあなんて可愛らしい悲鳴をあげる間もなくどぼんと水飛沫が上がる。落ちた場所は足が届かなくて慌てて竹中さんにしがみついた。ぐっしょり濡れたトレーナーをきつく握り締めたら竹中さんが僅かに眉を動かした。

「怖いかい」
「ちょっとね」

正直に答えた。私の尾鰭につかまってごらん、言われた通りに背中に乗っかる形でつるつるとした表面をつかんだ。どこへ行こうかお嬢さん、なんて言われたからどこか素敵なところへと冗談半分で返した。竹中さんはいっそう愉快そうにくるりと目を回して茶目っ気たっぷりに言った。

「それなら月にでも向かうかい」

わたしは笑って頷いた。さあ出発だ、竹中さんの声に応えるように暗い海面はきらきらと光った。






漆黒を泳げ
20100418

企画『Swimmy』様に提出させて頂きました。素敵な企画に参加させて頂き、ありがとうございました。
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