現代 まったく都会の高層ビルには驚かされる。ただ営業にきただけなのに、ゆらりと揺れる人影を目にすることになるなんて。 こないでよ、女が言った。しかし言葉とは裏腹に彼女の瞳は縋るように揺れており、縁から三センチくらいのところで白い足は足踏みしていた。 怖いならやめとけばいいのに、馬鹿な女だ。しかしこんな馬鹿女を見捨てることができない僕はもっと馬鹿だ。 「ここ、30階だよ」 「知ってるわよ」 「墜ちたら痛いよ」 「わかってるわ」 でも死にたいんだもの、止めないで。 まるでドラマのヒロインみたいな芝居がかった台詞を吐く女にいらいらした。(悲劇なんだ、ああそう) 「下歩いてる人にあたったらどうすんの」 「知ったこっちゃないわ他人なんか」 なんて自己中心的な女だろう。こんなやつ、さっさと死んでしまったほうが世の中のためじゃないだろうか。しかし馬鹿な僕はまだ馬鹿げた説得を試みている。 「落ち着いてみたら」 「落ち着いてるわ」 「もったいないよ、まだ若いのに」 女は不快そうに眉を逆立てた。薄い唇が「なに、それ」と突慳貪な調子で尖ったので僕は狼狽えた。 「いや、なに、って」 「若いからなんだっていうの、なんなの、なんなのよあんたも!」 「え、僕、」 「なんなのみんな男なんて!嘘吐きでいい加減でふしだらで!」 もううんざり、女は僕を睨んだ。だいたいね、悪いのはわたしじゃないのに、あんな人と出会わなければこんなことにはならなかったのよ。 ははあ大方恋人にでもふられたんだろう。それで死のうとするなんて、さすが馬鹿だ。そして悲しいことに、僕はどうも馬鹿を放っとけない性分らしい。 ねえ君、 優しく呼び掛けたら丸い瞳が僕を映した。 証明してあげようか、他の男は知らないけど僕は嘘吐きでもいい加減でもふしだらでもないって。 どうやって、 訝しげに女が尋ねた。 まずはさ、こっちにきてみない? 白い足が縁と反対方向に動いた。 3、2、1で死ぬ度胸がないのなら 20100301 花洩 |