なるべく音を立てないようにベッドから抜け出したつもりだったのに、「もう行くのか」という声がしたものだからあやうく手にした鍵を落としそうになった。 「狼…起きてたの」 「まあな。衣擦れくらいでも音がすりゃ目が覚める」 呆れた聴覚だ。まだ寝ていてもいいのに狼は起き上がって、煙草を一本取り出す。火を付けたところで眉根を寄せた私に気付き、「悪い」と言いつつベッドから降りて窓を開けた。冷たい空気が部屋に飛び込んでくる。とっくに日が昇っている時間だが、灰色の雲が覆っているせいで太陽は見えない。それでも狼は窓枠に手をつき外を眺めている。しばし沈黙が部屋を支配する。 「狼は今日何時からなの」 その背中を見ていると黙って去るべきかとも思ったが、一応聞いておいたほうがいいかとつまらない質問で沈黙を破った。 狼は振り向かずに「今日は休みを取った」と簡潔な返事だけを寄越す。 その言葉で今日が何の日か思い出した。 「…そう。じゃあわたしはもう行くわね」 ああ、と短い返事。ドアを閉める間際ちらりと見えた狼の姿はやはり背を向けたままだった。 階段を降りながら銀色の髪をした女性が頭をよぎる。 彼女の瞳のように真っ赤な花でも手向けてやろうかしらなどと考えて、あんまり子供じみた考えをヒールの音で掻き消した。 狼の隣にいるのは貴女じゃないわよわたしなのよ、なんて言ってやったところで全く優越なんか感じない。 ああ、死んでからもほんとに厭な女。 ハッピーエンディング 20100225 |