寝子と新米遊女1

客×遊女
分割1 2
※1はエロなし。2からエロ開始。


 無理矢理頭に簪さして、派手な着物を着て、帯は前結びにしちゃったりして、
 俺は18、…なんちゃってうそっぱち遊女だ。

 「あーだりぃ…」

 経緯としては、高校出てぶらぶらしていた俺を、ここの当主さんが拾ってくれて今に至る。回想しながら俺は、動きにくい着物で待機室に寝転んだ。
 …なんか誤解してる人いそうだから言っとくけど、ここはなんちゃって遊郭。東京湾を新しく埋め立てた土地にどかんと建てた一大歓楽街の片隅。時代も2013年JAPAN。悪趣味ぃー(↑)。
 さらに悪趣味なことに働いてるのはみんな男。需要が謎だがこんな商売も珍しいからか、けっこう盛況してる。

 「誰かこねぇかなぁ…」

 ぶっちゃけ普通に性風俗だけど、ごっこ遊びもお酒も飲める場所。俺はまだ見習いだから、床入はしたことない。かと言って、すげー話術があったりもしないんだけど。まぁ、やっぱり若いからお爺ちゃん連中には人気。
 待機室の扉がノックもなしに開く。顔を出したのは当主さんの御内儀だ。

 「智春(ちはる)、花魁の名代で部屋行って」
 「げっ!なに、みんな出てんの!?無理だよ、俺、何も芸もねぇのに!」
 「お仕事お仕事!がんばって!」

 花魁はここのお店のナンバーもちのこと。花魁はやっぱり人気だから、指名がバッティングすることも。そんなときは代わりに他のやつが入ったりする。でも俺、そんなナンバーもちほど話うまくねぇし、そもそもエッチもできねぇのに…。なのにぐいぐい押されて、何気一番いい部屋の前に連れてこられた。

 「ううー…」

 このお客、こんないい部屋でナンバーもち取るなんて、お金持ってんな…。やべーこんな上客に、俺なんも出来ねぇ、なんか特技、なんか特技…強いて言えば、そうだな、歌が、ちょっと、ほんのちょっと、うまい。……くっそ役立たねーー!!!俺の馬鹿!!!

 「…し、失礼します。花魁紫の名代として、あの新造の智春、参りました……。」

 おそるおそる、襖を開ける。優しいお爺ちゃんでありますように!優しいお爺ちゃんでありますように!!奥の上座にお客さんはいた。

 「(わ……っ)」

 願いは外れ、お客さんは優しそうではなかった。かつ、お爺ちゃんでもなかった。ここの客層にしては若くて、ブラックの眼鏡がなんだか冷たそうだった。顔立ちは整ってるけど疲れてそうで、なんか、…それが色っぽい人だった。
 顔を上げた途端目が合って、俺はなんだかもう一気にどぎまぎしちゃって、足と手一緒に出しながら側に寄った。

 「あの!あの!あの、俺、」
 「ん?どうした?」
 「俺、俺まだ見習いで…あの!なんで!すぐに、して欲しいこと察するとか、その……む、難しいん、です…。だから、その、して欲しいこと、教えて、もらえたら、うれしいんです…っ!いっぱい頑張りますっ!!」

 俺がそう捲し立てると、お客さんはしばしぽかんとした後、笑いだした。ああ、どうしよ、俺まじ接客業だめだめ…。ここの他にはガソスタの接客しかしたことないし…。恥ずかしくて縮こまると、お客さんは俺の手を引いた。

 「はは、素直でいいな。じゃあ、俺は寝るから膝枕してくれ。」
 「え!寝る!?」
 「ああ、寝る。」

 信じらんない、高いお金払ってるはずなのに、寝ちゃうのかよ…いや、俺は床入は出来ねぇけど、それでもごっこ遊びするとか、お酒飲むとかさぁ…俺そんなダメだったかぁ、へこむなぁ。お客さんが凹んだ俺を見かねて、頬を撫でる。

 「…そんな顔するな。最初から遊ぶつもりはなかったんだ。」
 「えええ…何で来たの…」
 「はは、…何でか。何でだろうな、誰でもいいから、側にいてほしかったのかもな。こんなにも寒いのに、一人寝は寂しいだろ。」

 よくわかんない。お客さんくらいかっこよければ、一緒に寝てくれる人、いそうだけど…。お客さんが俺の膝に頭を乗せる。俺には大人の気持ちはよくわかんない。

 「……

 お客さんの髪を、指ですく。髪固い、将来ハゲそう。よくわかんないけど、…ちょっとでも寂しくないよう好きな歌を口ずさんだ。場には不似合いな下手な洋楽が静かな部屋に流れる。遠くから宴会の音が微かに混ざった。

 …」

 お客さんの呼吸に合わせて肩をかるく叩いて眠りを誘う。母ちゃんがしてくれるように、ゆりかごを揺するみたいに。
 歓楽街の片隅で、すごく穏やかな時間が流れていた。



 「なんか、」
 「……ん?」
 「おっきい猫みたい。」

 あれからしばらくして、またお客さんは来た。そんで今度は俺を指名してきた。俺はやらかしたとばっか思ってたからびっくりで、そんでまた膝枕させられてびっくり。…膝枕してると、お客さん、猫みたいでかわいい。頬を撫でるとほんの少し噛みつかれた。

 「かぷ、」
 「わぁっ!」
 「気安く触ると噛みつくぞ。」
 「…そっちから近寄ってきたくせに…やな猫だ!」
 「はははっ」
 「へへ、猫はねんね。ねんねこにゃんこ。」

 適当に自作の子守唄を歌いながら、お客さんの頭を撫でる。寝息が聞こえてくると、胸がきゅんきゅんした。なんだろ、これ。



 またしばらくして、お客さんはやって来た。俺はいつ来るかいつ来るかといつもソワソワしていたから、本当に嬉しかった。手負いの猫が自分の手に戻ってくるような、どこか誇らしい気持ちがあった。それと、人に言えないような気持ちも。

 「…にゃんこ」
 「…ん?」
 「………」
 「今日は歌ってくれないのか?」

 恒例の膝枕をしながら、俺はお客さんを寝かしつける。ただぼぉっと、お客さんの顔を見ていたら、突然目を開いたお客さんと視線がかち合う。遠くの宴会の騒がしさが、ぱたりと止まった。神様が通ったんだ。その神様はここにも。眼鏡を外した剥き出しの瞳に吸い込まれる。

 ‐

 「…」

 気付いたら、お客さんの唇に唇を合わせてた。お客さんの口が微かに驚きに開いて、その振動に俺は慌てて顔を上げた。ざわざわと血液が頭に上るようで、頭が沸きそうだった。

 「…あっ!…あの、お、おやすみの、キス……」

 しどろもどろに、もっともらしいことをお客さんに弁明する。でもこんなしどろもどろじゃ、嘘だって、きっと分かってしまう。

 「あっ」

 ‐

 上体を起こしたお客さんが、俺の顎をつかんで口をくっつけてきた。お客さんの舌先が閉じた俺の前歯を叩く。うそ、舌まで。どうしよう、どうしよう、俺は、振り袖を握りながら、口を開いた。

 「ん、っあ…」

 口の中に他人の舌が入ってくる。暖かくて水っぽくて、それが俺の舌と重なる。……どうしよう、俺、俺は何したらいいんだぁっ!!?自分から誘ったみたいなもんなのに、俺は何も経験がなかった。つんだ。

 「…ふぅ、う…」

 誰かと唇を合わせるのも初めてだったんだ。唇に柔らかい唇が当たるのが気持ちいい。大人しく口を開けていると、下唇に吸い付かれて、ぞくぞくと体が震える。

 「ぷは、あ、あ……」
 「ん、おやすみ。」
 「えっ!え、あ…」

 口を離されると糸が引いて、何だかいやらしい。名残惜しくてお客さんを見ると、また膝枕に戻っていった。
 ま、まじでおやすみのキスだと思ったのか…!しかもこんな大人のキスがそのお返しなんて…大人ってずりぃ…。俺は膝枕で眠るお客さんを見ながら、唇を指でなぞった。



 「村崎さん。」

 次の日、俺は花魁の紫さんに会いに店に向かった。村崎さんは俺の教育係りで、背が高いけど女装の似合う綺麗な人だ。店の待機室には村崎さんと当主さんがいた。

 「なんだよ、智春(ともはる)か。今日出勤だったか?」
 「いや、違うんですけど、あの、相談があって…」

 俺がそう切り出すと、当主さんは売り上げの計算をするとかで席を立った。気を遣わせちゃった…でも聞かれたくなかったから、良かった。村崎さんの向かいに座る。

 「で、相談っていうのは?仕事のことか?」
 「う、そうなのかな…。あの、村崎さんは、その、お客さんにどきどきしたり、そういうの、あったり、します…?」

 俺がそう切り出すと、優しく笑っていた村崎さんの表情が少し曇る。俺は気恥ずかしくて、無駄に髪触ったり、視線がうろつく。

 「…客で誰か気になるのがいんのか?」
 「え、あ、そんな、それほどじゃ、ない…と思うんすけど。でも……次はいつ来てくれるかいつ来てくれるかって、いっつも不安で、来てくれないと寂しくて、あと、お客さん、一人で寝れてるか心配で……。」
 「………」

 村崎さんはどこか遠くを眺めて、持っていた煙草を一本取り出した。俺はそれに自分のライターで火をつける。夜の仕事の癖で、すぐに体が動く。

 「やめとけ。」

 村崎さんがそう短く告げる。俺はその短い単語に、心臓をどくんと跳ねさせる。やめる、って、何をどうやめたら。どきどきと、いやな予感にじんわり汗が滲む。

 「やめとけ。そういう色営業は後が怖いぞ。切れなくなる。」
 「営業とかじゃなくて、あの…」
 「おい、本気ってことか?なら尚更やめとけ。向こうは遊びで来てるんだ。追っかけても、どうにもならないぞ。それに」
 「違う、遊びに来たんじゃないって言って」
 「真に受けんなよ、馬鹿。遊びじゃないって、きっと会った嬢全員に言ってるぞ、そいつ。
 …あのな、お前若いから分かんないかもしれねぇけど、お前、遊ばれてるんだよ。嬢惚れさせてタダマンしようって魂胆だよ。」

 そう呆れたように諭されて、俺は鼻の奥と喉の奥が痛くてたまらなかった。くっそ涙腺、泣くな泣くな、仕事の先輩の前で。

だって、俺にはわかんねぇよ。俺には嘘とか全部わかんねぇもん…一緒にいたあの時間しか俺にはわかんねぇもん…。

 「………」
 「……泣くなよ、言い過ぎたかも。悪かった。」

 俺が必死に堪えてるのを見て、村崎さんは俺の頭をぽんと叩く。お客さんは、お客さんは、ただ一緒にいるだけの枕が欲しいのか?…それとも俺をからかってる、のか?俺はいやだよ、どっちもいやだよ…。俺に興味もって欲しい。俺を見て欲しい。「俺」を欲しがって欲しい…。



 「元気ないな、どうした?」
 「えっ!?いや元気!元気だけが取り柄だから!」

 またお客さんはやって来た。でも、前ほど気持ちは浮かれなくて、むしろどんよりした気持ちが胸を覆う。いつもみたいに膝枕しながら、俺は。

 「……」
 「本当、どうかしたのか?いじめられたのか?」
 「……」

 俯いて、お客さんの質問に首を振る。また俺は、なんも出来ない。察することも、駆け引きも。当たって砕けるくらいしか選択肢はないのだ。

 「…もしかして、お客さんは、俺をからかってるのか…?」
 「からかう?どうして。」
 「…それとも、ただ一緒にいてくれるだけの枕が欲しいのか…?」

 お客さんは訝しげに俺の表情を窺う。俺はついに涙腺が決壊した。

 「お客さんは、俺が欲しくないのか…?
  お、おれは、おれは、…俺は欲しい…っ。あんたが欲しいよ…っ」

 もうやだ。やだやだ、こんなんいやだ、こんな気持ちはたくさんだ。どんどん不安で、寂しくて、心配でってなって、…こんなんいやだ、だから早く木っ端微塵に砕けて、またもと通りになりたい。でも、でも、俺は、俺は、
お客さんが、お客さんのこと、

 「おい、それは何の話だよ。どういう意味で言ってるんだ?」
 「だからっ、俺は、お客さんが、あんたが、…す、すす、すすす好きなんだって!!」

 勢い余って、つい。
ああもう、言っちゃった。言っちゃだめなのに。俺、お客さんにコクっちゃった…っ!

 「……普通に考えれば、こんな場所でそんなこと言われても、到底信じられないけどな。」
 「っ、」
 「…だからそんな顔するなって。お前は顔に出過ぎだ。信じない訳ないだろ。」

 そう笑われる。わかんね、わかんねぇよお。どういう種類の微笑みなんか。上げて落とさないで。

 「…じゃあ、お客さんは俺のこと、好き……?枕とかペットとかからかったりとかじゃなく、好き…?」

 どきどき、どきどき、胸が喉元まで上がってきそう。心臓の鼓動が激しすぎて、息をつくのも一苦労だ。

 「…」

 俺の耳に口が寄せられる。一言も漏らさないよう、左耳に集中した。

 「っ!!」
 「お前は馬鹿か。」

 またも軽く耳を噛まれた。やだもうこの猫!ツンばっかなんだもん!!ううう、泣くぞ、地団駄踏んで暴れるぞこの野郎。臆面もなくおいおい泣くぞぉ…!

 「毎回毎回…この部屋、この時間とるだけで、いくらだと思ってんだ…枕だけには高過ぎる。」

 きょとん、突然そう言われてお客さんを見る。じゃあ何、いつも俺に会いに来てたの…?そういうことなの?そういうことにしていいの?俺調子のりだから、そう受け止めるけど。

 「…じゃあ、なんで、いつも寝ちゃうの……?」
 「お前の膝枕が良すぎるからな。つい。」

 わかんねぇよお。もーなんだか頭ぐるぐるする。嬉しすぎて息苦しいし、俺に全く興味ない訳じゃなくてほっとしたし、よかった……よかったぁ………。
 また時間置いたら、訳分かんなくなんのかな、いやだな、いやだな、なにか何か証拠が欲しい…。もっと、もっと、いろいろしたいっっ!


つづく


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