小説 | ナノ
※ビッグブリッジ作戦後
※大いにネタバレ
※クラサメ出てこない
※悲しい&死ネタ
















たくさん人が死んだ。


前線にいたわたしにとって、それはいつも嫌というほど実感していることだった。だけど今日は特に実感した。ビッグブリッジ作戦。アレキサンダーをセツナ卿が召喚し、そして昇華した。その召喚にもいくつもの命が犠牲にされたらしい。その命の中に、わたしの友達もいたのだろう。だけどもう、名前も顔も思い出せない。
わたしはそう思ったとき、考えたことがある。それは、もしわたしが死んで、友達に名前も顔も思い出してもらえなかったら、という仮定。素直に嫌だと思った。わたしは朱雀のために命を落としたのに、誰もわたしの存在を思い出してくれない。そんなのは嫌だ。それを友達に話したら、そのために墓地があるんだよと言われた。死んだ人を忘れないための墓地。わたしは一瞬納得したけど、実際に墓地を見て、全然意味ないや、と思った。
こんなにたくさんのお墓から、自分の友達や家族を探し出すなんて、無理に決まってるよ。そうだよね?    。










墓地に行くと、エース、ナイン、クイーン、レム、セブンが既にいた。セブンとナインが話している意外は、みんなしんとしていた。「みんな」声をかけるとみんなが振り向いた。


「なにしてるの?」
「…お墓、見てたの。いっぱい死んだんだって」


レムが悲しそうにいった。覚えてないはずなのに、レムは悲しそう。わたしは彼女は優しいと思う。忘れられていく死者に、悲しみを感じることが出来るレムを。レムは両手を胸においた。そして隣の花が添えられた墓に視線を向けた。わたしも視線をそこに向ける。墓にはクラサメ、と書いてあった。(…?)なにか胸にひっかかる名前だった。クラサメ、クラサメ。聞いたことあるようなないような。するとレムが言った。


「このお墓のね、クラサメって人、私たちの隊長だったんだっよ」


隊長…ああそうか、隊長。だからわたし、聞き覚えあったんだ。でもそれだけじゃない気がした。それだけじゃなくて、なにか他の、別のものがあったような。それになんだろうこの気持ち。なにか、なんだか、(悲しい…?)


レムみたいに優しくなったのかな、わたし。いやそんなはずはない。わたしは他の墓に目を向けてみた。あの墓の人も、朱雀の勝利を願って命を落としたひと。クラサメって人と同じ。なのに、悲しさは湧いてこない。でもクラサメって人の墓を見ると、考えると、悲しい気分になってくる。どうして?どうしてわたし、死んだ人を。


「でも、顔も思い出せない」
(わたしも、思い出せないよ…)


レムの言葉に、心の中で同意する。そう、もう顔も思い出せない。なのに、悲しい。こんなこと初めてだ。わたしは俯いた。


「だから 涙だって出ないよ」


レムの声。悲しそうなのは、気のせい?わたしは俯いてるから、顔は見えなかった。
みんながしんとした。いつもは喧嘩腰でうるさいくらいしゃべるナインも、もうずっと黙っている。静かな空気に、ふとエースの歌が響いた。


「迷子の足跡消えた 代わりに祈りの唄を」


クラサメ隊長なんて、覚えてないのに。この心にぽっかり穴が開いたみたいなの、なんだろう。それとなにか、もどかしいような気がする。


「そこで炎になるのだろう 続く者の灯に」


炎に?クラサメ隊長が?続く者は、わたしたちのことだろうか。ああなんだか、鼻がつんとしてきた。目が熱くなるのをぐっと堪える。


「僕たちが泣いたところで何も始まらない」


泣いたりなんかしないよ、エース。わたしはクラサメ隊長を知らないもの。


「忘れなきゃいいのさ 彼らがここで、この時代に生きていたってことを」


エイト。でも、わたしはクラサメ隊長を忘れてしまったよ。もう記録でしか彼を知れないんだ。


「彼らのことを胸に刻み、わたくしたちは前に進みましょう、それが、」


クイーンは言葉を切った。わたしが顔をあげると、たくさんの白い花びらがいくつも墓地に舞っていた。太陽の光りを受けて、きらきらと光っている。幻想的で綺麗。クリスタルの、死者への弔いなのかもしれない。


「…死者を胸に刻んで前に進む、か」


いま死を悲しんでいるわたしに、前に進むなんて出来るのだろうか。
見上げた空は、まるで人がたくさん死んだ後だとは思えないほど綺麗だった。














ドアを開けると、出掛けた時とひとつも変わらないわたしの部屋があった。上着を脱いで、適当にその辺の床に放った。なんだか疲れた。ベッドに寝転がろうとして、報告書を書いてないことに気づいた。書かなくちゃ。机に向かおうと椅子を引いたら床に放った上着に引っ掛かった。邪魔なので上着をちゃんとハンガーにかけておいた。さて、報告書書かなくちゃ。椅子に座ってペンと紙を取り出した時、ふとあるものが目に止まった。(…あ)それは日記だった。がさつなわたしが珍しく書いた日記。なんで書いたんだったけ。確か、誰かにやれって言われて…?だめだ、思い出せない。なぜだかそれが気になったので報告書は後回しにして、日記を手に取った。表紙は淡い緑色で、Diaryとだけ書かれている。下の方に乱雑に書きなぐったわたしの名前があった。こん時機嫌悪かったんだなあ、わたし。苦笑しながら日記を開く。1ページ目を読むと、わたしは首をかしげた。


(これ、わたしの字じゃない)


そこには、見慣れたわたしの乱雑な字ではなく、きれいに書かれた大人の字があった。あ、そうだ、誰かに書いてもらったんだ。だけど、誰に?なんで書いてもらったんだっけ?疑問に思ったがわたしはその謎の文字を読んでいった。この日記は一週間毎日2ページずつ書くこと、書き終わったら見せに来ること、もっときれいに字を書くこと…。注意書きだろう。つらつらといくつか綴られている。どうやらこの文面から察するに、わたしは課題をださなかった罰に一週間日記を書かされる&一ヶ月教室掃除をやらされていたらしい。そういえばやったなあ、教室掃除。ナインにばかにされて、ほうき振り回して喧嘩してたら……だれだっけ?とにかく誰かに見つかって、ナインも一緒に掃除させられて… 懐かしいなあ。でも、いったい誰だったんだったけ。注意書きを最後まで読むと、下の方にクラサメと書かれているのが目に入った。クラサメ。クラサメってあれだ、今日墓地でみんなで話した、クラサメ隊長だ。そっか。わたしはこの人に言われて日記を書いたんだ… もう覚えてないけど。わたしはさらにページをめくった。2ページ目からはちゃんとわたしの字で書いた覚えのある日記が書かれていた。


『 レポート出すの忘れたからクラサメ隊長に言われて日記を毎日書かされるはめになった。ちくしょう。しかも書き終わったら見せなきゃいけないんだって。ちくしょう(二回目)。 ささやかな抵抗に授業の愚痴書いてやろう。ふんだ。
今日は一時間目からめんどくさかった。つか隊長が先生ってどんなだよ。エミナさんよこしてくれ。隊長めんどくさいんだよ。隊長の長所はイケメンってだけだよ。つか顔のマスク取ってくれよ。見たいよ。
そのあと掃除した。掃除してたらナインがレポート出してないとかばかだなとか言ってけんか売ってきたからうるさいお前なんかレポート評価Fじゃねぇかと言ってやった。ナインがほうきでこうげきしてきたのでわたしはちりとりでウォールとか言って戦ってたらクラサメ隊長に見つかってむっちゃ怒られた。ナインはわたしと一緒に掃除させられた。ばーか。ナインのばーか。』


そういえば書いたなあ、こんなの。そっか。クラサメ隊長に見つかったんだわたしたちは… わたしはひとり笑いながら次のページに目をやった。


『つか今授業中なんだけどクラサメ隊長に見つかった。授業中に書くなだって。仕方ないから後でリフレ行った時に書こ。今日誰と行こうかなー

リフレなう。シンクと行こうとしたらシンク見つからないからCOMMで連絡しようとしたらまたクラサメ隊長に見つかって怒られた。私用でCOMM使うなって言われた。ばれなきゃいーのに… しょうがないから裏庭で暇そうにしていたキングを引っ張ってリフレに来た。嫌がっているようで実はお腹へってたらしくキングはカレー食ってるなう。わたしはナポリタンなう。あとでキングの訓練に付き合うことになった。体動かすのは好きだからかいだくしてやった。へへん。
クラサメ隊長来た。クラサメ隊長もご飯食べるんだと思ってガン見したら食事中に書きものをするなって言われた。いいじゃんべつに。え つかクラサメ隊長にあとでテラス来いとか呼び出しされたなう。つかなうって使うなって言われた。隊長わたしの日記盗み見やがった。むかつくからなう使ってやろ。キングがカレーこぼしてるなう。キングがカレーおかわりなう。キングが
いたい。キングに日記見られて頭たたかれたなう。もう今日はこれだけでいいや。クラサメ隊長呼び出し内容は明日ね』


読んでるうちに、ページの真ん中にいくつか赤いしみがあるのに気づいた。おそらくナポリタン飛ばしたと思われるしみだ。キングとご飯食べたのは覚えてるけど、やっぱりクラサメ隊長ってのは思い出せないや。次のページ次のページ。


『あーなんか、昨日のクラサメ隊長呼び出しマジブルーだった。呼び出された時とはもう外は暗くて、しかもテラスだったから何組かのカップルがいちゃついてた。わたしとクラサメ隊長がふたりっきりでいるのを白々しい目で見られた。オイィィィクラサメ隊長なんて時に呼び出してくれたねんバカァァアアアと思ったけで、クラサメ隊長は気にしてないかんじだった。クラサメ隊長はわたしに、お前の友達からだと言って手紙を渡してきた。見たらそれは知らない名前の子からの手紙だった。わたしはほんとにわたしへの手紙なのかと聞いた。クラサメ隊長はそうだと言った。この手紙、実は死んだわたしの友達かららしい。わたしはもちろん覚えていなくて、だからわかんなかったんだって。中身を読んだけどなにがなんだかわからなかった。だけど泣けてきて、わたしはクラサメ隊長の前で泣いてしまった。隊長は頭なでてなぐさめてくれた。意外でびっくりこいた。つかいま思ってみるとわたし泣いてたからクラサメ隊長が泣かせたみたいでまわりのカップルにさらに白々しい目で見られたわ。クラサメ隊長すまそ。』


…思い出せない。こんなこと、あったんだ。まったく忘れてる。記憶を掘り返してみるけどやっぱり思い出せない。わたしは悔しくなって、ぎゅっと拳を握り締めた。わたしはしばらく下を向いて震えていた。なんだかひどく悔しかった。わたしは悔しい思いをごまかすように次の文に目をやった。


『そんで今日教室行ったらキングにクラサメ隊長の呼び出しなんだったって聞かれたから、テキトーにそれっぽいことを言っておいた。なんだっけ、委員会のすすめ的なの話したわ。明らかにふしんな顔されたけど。まあ授業てきとうに受けてリフレ行ったらクラサメ隊長がいたから一緒にご飯食べた。ぬふ。昨日頭なでてくれたから親近感がわいたのでとなりに座ってみたのである。ちなみに今日はキングのマネしてカレーだった。うまかった。クラサメ隊長といろいろ話した。隊長はなかなかツンデレの、実はいい人だということがわかった。明日から一緒にご飯食べよ。今日はこんな感じで終わり』


クラサメ隊長はどうやらツンデレのいい人だったらしい。わたしはこの人と最近、一緒にご飯食べてたみたいだ。なんだか少し衝撃だった。こんなに仲良くて近くにいた人を忘れてしまっているなんて。わたしはさらにページをめくる。次の日の日記もまた次の日の日記もクラサメ隊長のことが必ずひとつは書いてあった。『クラサメ隊長かわいい』とか『クラサメ隊長マスク取って欲しい』とか。わたしはクラサメ隊長がどうやら気になっていたようだった。またわたしは次のページをめくる。