小説 | ナノ
恋は理屈じゃないとかどっかで聞いたことある言葉。前ならふぅんあっそうと言って切り捨てるが、今なら私は首を縦にぶんぶん振る。気がついたあんた天才だろ!ほんとに理屈じゃないと思った。いつから好きになったとかほんとにわからないし。なんで?別に決定的に好きになったシーンとかないし。あ、三井先輩の好きなところはあるけど。バスケやってるとこが一番かっこよくて好き。いっつも(バレない程度に)ガン見してる。あとあの筋肉。ものすごくかっこいい。あの二の腕の筋肉ヤバすぎる。なんかもう美しい。あれでスリーポイントシュートとか決めた瞬間とかほんとにヤバい。死ぬ。あわよくば私の心にスリーポイントシュートして欲しいわ。


「って思うんだけど、どう思う晴子」
「もう心にシュートはされてるんじゃないかな」
「あっそういえば」


放課後、私は晴子と教室にいた。生活委員である私たちは放課後残されて掃除班の一覧表みたいなのを作らされていた。だから今日は部活も行けずに私はちょっとご機嫌斜めだったが、代わりに晴子に少女マンガでいう胸の中に秘める熱い恋心を晴子にこっそり教えてみるとことにした。話してて意外に楽しかった。
てか確かにシュートはもうされてるか… あなたの心にスラムダンク!とでも言えばよかったか。なんか桜木くんみたいで若干やだなこれ。桜木くんなら晴子に言いそうだな。


「なんか夢見がちだよね名前って」
「えーそうかなあ」
「あわよくば私の心にスリーポイントシュートして欲しいとか…ふふっ」


それはね晴子、私が二次元オタの性質を持っているからだよ!なんてまあ言えない。いや最近晴子とはかなり打ち解けてきたし別に言ってもいいんだけど… まあここは穏便に行こう。あくまでも晴子は普通の三次元(美)少女だと言うことを忘れずにな、私。


「あと何枚?」
「一枚、ぐらいかな。私がやってるのでおしまい」
「やった。部活まだやってるかな?」
「どうだろうね…終わったら行ってみようか」


それから最後の一枚が終わったのはそれから少し経ってからだった。もう部活は終わっているであろう時間だが、ちょっと覗きに行くことにした。実は三井先輩に会えるかなっていう下心があって隠してたけど、晴子はどうやらわかってるみたいだった。口には出さないけど。さすが晴子だ…
一覧表を先生に提出して、体育館に向かう。やっぱり帰っちゃったかな三井先輩。それから体育館に着いて、晴子が体育館の中を覗いたら、あっと声を出した。え、なに?すると晴子は私の方を向いて笑いながら言った。


「私ちょっと用事思い出したから帰るね。体育館、まだ残ってる人いるみたいだから!」
「え!なに、ちょ、晴子!」


晴子は返事をせずにびゅんと走って行ってしまった。なにあの子普段あんな速くないくせに…追いつけねぇ… 私は疑問に思いながら体育館を覗いた。誰かがいるのはわかるけど誰だかはわかんない。私はゆっくり体育館のドアを開いた。
体育館で練習するその人の姿を見た瞬間、心臓がどきんと高鳴った。体育館の中にいたのは三井先輩だった。ボールを手に持ったまま立ち尽くしている。なにやってるんだろ、そう思っていると、先輩は息をふーっと吐いた。そして、一気に駆け出した。


(わ…すごい…)


ダムダムダム。ボールをドリブルしながら、走る。途中、敵がいるのを空想しているのか、敵のディ、ディフェンス?を抜かしたりするような動作をした。それから少し走って、ボールをしゅっと投げた。ボールはキレイに半円を描いて、すとん。ゴールに入って行った。スリーポイントシュート。なんか、ほんと、シュートはキレイだし、かっこいいなあ… ぼーっと三井先輩のプレイに見惚れていると、先輩とバッチリ目が合った。かなりビビった。


「あ、せ、先輩」
「名字か。どうしたんだ?」
「まだ部活やってるかなって思ったんですけど、終わっちゃってますね」
「ああ。今日来てなかったけど、なんかあったのか?」
「委員会の仕事があって。肩凝りましたよもう」
「揉んでやろうか」
「いいです。てか嫌です」


前に三井先輩に肩を揉んでもらったらものすごく痛くて肩が変形するかと思ったのを思い出した。もう二度と先輩に肩は揉ませたくない。


「いや、あれは冗談だって。ちゃんとやれば上手いから俺」
「嫌です怖いですよ!あ、先輩、まだ練習しますか?」
「するけど…なんだ?」
「見ててもいいですか?」


三井先輩はちょっと首を傾げたけど、すぐにいいよと言ってくれた。体育館シューズにはもう履きかえていたから、体育館にはさほど苦労せず入れた。ドアを閉めて、体育館の壁に寄り掛かるように座って、三井先輩の練習を見る。手を体育館の床につくと、大してあったかくも冷たくもない生温い温かさが感じられた。先輩はひたすらスリーポイントシュートをしていた。あーほんとかっこいい。見てて飽きない。しばらく三井先輩の練習を見ていると、先輩は練習をやめた。


「あれ?終わりですか?」
「や、休憩だ休憩」


三井先輩は私の横に来ると壁に寄り掛かるようにして座った。隣に来てくれたことが嬉しくて、ちょっとさりげなく足を内股にしてみたり。あ、先輩汗スゲーな… タオルとか持ってくればよかった。ホント私気遣い出来ないな…


「名字さあ、マネージャーとかになんねぇの?」
「やー、私ルールとかまだあんましわかんないし…片付けの手伝いとかしか出来なくて。まあバスケは好きなんですけど」
「ふーん、まあ好きならやればいいと思うけどな」
「おこがましいような気がするんで…もともと、私がバスケ部見に来たのは好きだからじゃなくて、別の理由ですから」
「別の理由?」
「最初バスケ部見に来たのは、流川みるためなんですよ」
「…流川?」
「晴子がひとりで流川くん見に行くのは恥ずかしいとか言って、私晴子に体育館に引きずられて行ったんです。流川は皆かっこいいとか言ってたから気になってはいたんですけど」


まあ当本人の流川はイケメンでもかっこよくなかったけど。心の中で付け足して、そっからバスケ部を良く見に行くようになったんです。そうやって話していたら、三井先輩の様子がおかしいことに気づいた。なんか、ちょっと刺々しいというか、怒っていらっしゃる…?なに私なんか気に障ること言ったのか?ヤバどうしよう。はらはらし始めた私に、今度は三井先輩が口を開いた。


「お前、流川好きなの?」
「へっ?ち、違いますよ!」


ずっと三井先輩を好きを意識しているのにそんなことを言われてびっくりした。慌てて否定すると三井先輩は面白そうに笑ってそうかと言った。…なんか馬鹿にされた気分だな。
すると先輩はすっと立った。また練習すんのかなと思ったら、ボールを手にして私に声をかけた。


「名字、お前シュートしてみろよ」
「え!無理ですよ。三井先輩じゃないんだから入る訳ないじゃないすか」
「いいから来いって」


三井先輩に言われて、渋々立ち上がって先輩からボールを受けとった。ゴールの方を向く。遠い!遠い!入るわけない!


「先輩無理ですってこれ。遠すぎますよ」
「俺はいっつも入れてるから大丈夫だ入る入る」
「私三井先輩と違って人間なんで無理…いてっ」


冗談言ったら頭を軽く叩かれた。冗談だよ冗談。
それから三井先輩に急かされてボールを投げてみる。いつも先輩がやってるのを想像する。あんな風に、こう、ゆっくり、キレイに… ボールを投げる。だが理想が高すぎたらしい。ボールはゴールで跳ね返るどころかゴールにまで届かず、ゴール手前で重力に従って落ちていった。と、届きもしねぇのな…
すると三井先輩がぶっと吹き出した。くつくつと笑いはじめる。私は思わず三井先輩をばしばし叩いた。


「わ、笑わないでください!だから無理って言ったのに馬鹿にしてっ」
「そ、そうじゃねえよ…くくく…」
「じゃあなんで笑ってるんですか」
「や、お前ゴールにさえ届かないとか…ほんと可愛すぎ…」


か、可愛すぎ…?聞き間違えかと思ったけど、可愛すぎって聞こえなかったらほかにどう聞けばいいんだろうか。三井先輩も自分で言って自分で焦ってる様子だった。なにそれ。私どう受け止めればいいのさ…
三井先輩は私にまたボールを渡して来て、もっかいやってみろと言った。笑わないと約束させてから、私は二回目のボールを投げた。今度は距離は申し分なかったけど全然検討違いの方向にボールは吹っ飛んでいった。これ結構力いるなあ。それにしても方向音痴すぎるだろ私のボール。それから二回投げたけどどれもゴールには入らなかった。へ、下手くそ…
四回目のボールを投げようとすると、それまで黙ってた三井先輩が口を開いた。


「お前持ち方がわりーんだよ。こうだ、こう」


三井先輩は空中でボールを投げる動作をした。私はそれを真似しようと頑張ったけれども、何度も馬鹿ちげーよと直された。しかもそれでも私は上手く出来てないらしい。呆れた三井先輩は私の後ろから両手をのばして、私の手の上から手を重ねるようにしてボールを持った。わ、なんかこれ、後ろから抱きしめられてるみたいだ。緊張して足が震えた。三井先輩は私の様子に気づいたらしい。声をかけてきた。


「あ、わり、嫌だったか?」
「い、いや、違います、平気です」


三井先輩はん、そっかと短く返事をした。もしかして意識してるの私だけか。私はなんかひとりで恥ずかしくなった。でも心臓はすごくドキドキした。どっくんどっくんって、三井先輩に聞こえてるんじゃないかってぐらい大きな音で。三井先輩はこうやって、こうだ、とシュートする動作を私にさせた。私はなるべく意識しないようにしてそれを頭に叩き込んだ。わかったというと三井先輩は私からさっと離れていった。名残惜しかったけど、ぐっと堪えてボールを投げた。さっきとは全く違う、ちゃんとボールはゴールに向かって行って、少し位置はズレていたけどちゃんとゴールに入った。


「やった、入りましたよ三井先輩」
「お前結構やるな。桜木より筋いいんじゃねぇか」
「マジすか。じゃあなんか奢ってください」
「なんでだよ」


笑いながら冗談を言ったらやっぱりつっこまれた。三井先輩は体育館の壁側まで行くと置いてある自分のバッグからタオルを取り出すと、壁に寄り掛かるように座った。私もさりげなく三井先輩の隣に座る。なんかこういうシチュエーション嬉しいな。さっきからドキドキする。まあ期待はしないけど。今までも一緒に帰るとかシチュエーションは何回もあったけど、その度期待してなにもなかったからもはや期待はしないようにした。私は息をついてぼんやりしていると、三井先輩がポカリを取り出した。自分で飲んでから私に見せてきて「飲む?」とか言ってきた。え、ちょっと間接キスなんですけど。もちろん飲みますけど。「飲みまーす」受けとって、ポカリの飲み口に口をつけて飲んだ。なんか私だけ喜んで変態っぽくて恥ずかしいな。 三井先輩は別に深い意味なくただの気遣いで渡してきたというのに… ポカリを返して、何となく床に手をついた。相変わらず生温い床だなあ。


「なー、名字、」


んー、なんすか?そう言おうとしてびっくりした。床についた私の手に、温かい感じがしたと思ったら、三井先輩が私の手に自分の手を重ねていたのだ。こればっかしは心臓が砕け散る気がした。こ、これはヤバい。さっきは後ろから抱きしめる疑惑的な体制したけれどあれはなんというか三井先輩がなんの気もなくやってきたことだから耐えられた訳でこういう雰囲気むんむんでのボディータッチは正直心臓が砕ける。
私にそんな心臓病を発祥させた当の本人の顔を覗くと何食わぬ顔をしていた。なんですかその当たり前みたいな顔は。雰囲気的にはなにも聞かない言わないでそっと手を絡めるべきなのだろうか?いやしかしそんなことして軽いとか思われたら終わりだ。


「せ、先輩…」
「ん?」
「なんですか、こ、これ…」
「…悪い。嫌だったらいい」


三井先輩はそう言って手を離そうとしたので、私は慌てて三井先輩の手を掴んだ。


「ち、違います。大丈夫です、いいです。平気です」


よくわからない日本語でたどたどしく言った。や、やっちまったぜ… うわこれ三井先輩好きなの感づいたかな。私に掴まれた三井先輩の手と、三井先輩の手を掴んだ手が、そろそろと床に落ちた。いつの間にか私たちの手は絡まっていて。三井先輩の手の体温が伝わってくる。ごつごつした、でもキレイな、男らしい手。この手で何度も皆のピンチを助けてきたんですよね。私知ってますよ、先輩。ずっと先輩を見てたんですから。この手で、あのキレイなシュートを何度も決めるんだ。
どくん、どくん。心臓がひどくうるさい。体育館にひびくんじゃないかってくらい大きく高鳴っている。やばい。どうしよう。好きだ。私、どうしようもなく、三井先輩が好きだ。頭のてっぺんから足のつま先まで、どろどろに溶けてしまいそうだ。…三井先輩は、私をどう思っているのだろうか。顔を見たかったけど、なんだか恥ずかしくなってやめておいた。
答えを求めるように、そっと三井先輩の手と繋いだ手に力を入れてみる。すると三井先輩もそっと強く私の手を握ってきた。
ねえ先輩。好き。好き。大好き。三井先輩が、好きだ。大好きだ。繋いだ手から、三井先輩に伝わるように強く思った。生まれて初めてこんなに人を好きになった。こんな気持ち、生まれて初めてだ。
伝わって。そう思いながらまた、手に力を入れた。三井先輩は今度は力を入れずに、手を深く絡めてきた。私は抵抗せずに、むしろそれを愛おしむように深く絡めた。


「名字」


静かな体育館に、三井先輩の声が響くようだった。手を絡めたまま、私は顔を上げた。三井先輩と目が合った。その真剣な眼差しに、返事をしようとした私は思わず声を飲み込んだ。三井先輩の手に、力がこもったのがわかった。手がぎゅっと強く握られる感じがした。
そして三井先輩は、繋いだ手から伝わったかのように、その言葉をくちにしたのだ。


「好きだ」






繋いだ手から伝わる愛/三井
20110818