小説 | ナノ
「この試合に勝ったら付き合ってくれ」


試合直前、一年の頃から三年の今までずっとクラスが一緒だった腐れ縁とも言える三井にそう言われた。試合直前だというのにわざわざ周りに誰もいない場所にわたしを連れ出したのは他の選手に聞かれたくなかったのか、それとも選手に聞かせてしまって皆の心を掻き乱すようなことをしてしまいたくなかったのか、わたしにはわからない。 ただわたしは晴子ちゃんと話していたら三井がやってきて有無を言わさずに手を引かれて誰もいない場所に連れて来られてそう言われただけだ。その言葉を告げた時三井はわたしに背を向けていたから、三井がどんな表情をしていたかはわからなかった。わたしはその言葉を聞いて理解した瞬間固まってしまってすぐには言葉が出なかった。わたしがようやく口を開けるようになった時には三井はもうその場を去ってしまっていたから、返事も言えなかった。
彼が一体どういう思惑で、何のためにそう言ったのかはわたしにはまったくわからない。三井はわたしを好きだとは言わなかった。ただ付き合ってくれとだけ言った。それは期待していいものなんだろうか。わたしにはわからない。
三井とは高校に入って知り合った。同じクラスの隣の席。ファーストコンタクトは三井が教科書を忘れたことがきっかけだった。わたしは三井と机をくっつけて教科書を見せてあげた。その際わたしがひまだった時に書いたパラパラ漫画を見られてしまい三井が必死に笑いを堪えていたのをよく覚えている。それからわたしたちはよく話すようになり連絡先を交換してよく一緒に遊んだ。自分でも驚くくらい気が合った。一緒にいて楽しかった。それから少しして三井は怪我が原因で不良になってしまって、わたしとはあまり話さなくなった。わたしは三井が心配だったのだけれど、その時の三井はなんだか触れたら爆発してしまいそうで怖くて、怯え半分、気遣い半分で三井から連絡が来るまでわたしからは関わらないようにしていた。それから一年近い時間が経った時、三井から連絡が会った。会いたいという内容で、わたしは指定の場所へすっ飛んで行った。久しぶりに会った三井は長く伸ばしていた髪を切って、ずいぶんさっぱりしていた。スポーツマンっぽいね、とつぶやくようにわたしは三井に言った。すると三井はわたしにこう聞いてきた。俺のことが嫌いか、と。わたしは一瞬固まった。まさか三井がそんなふうに思っていたとは思わなかったから。わたしは一間置いて首を横に振った。泣きそうになりながら馬鹿じゃないのと否定した。
わたしは、三井と久しぶりに会ったその日に気づいてしまっていたのだ。三井が好きだと。久しぶりに会えて込み上げる感情がひたすら三井を愛おしいと主張していた。そんなわたしが三井を嫌っているわけがないじゃないか。どうやら三井は、わたしが連絡しなかったのはわたしが不良になってしまった三井を嫌っていると思ってしまったらしい。そんなことはないのに。悲しい顔でそんなことを言う三井を見て、わたしは泣いてしまった。三井は慌てていた。そんな姿が少し笑えて、わたしは笑った。そしたら三井も笑って、わたしたちは約一年の時を経て仲を取り戻したのだ。
それから三井は大好きなバスケに専念し始めた。バスケを頑張る三井をわたしは毎日応援に行った。三井がこんなに輝いているところを久しぶりに見たから、わたしは嬉しくてしょうがなかった。そんなわたしをよく三井の彼女と勘違いする人がいたりして(主に桜木くんとか赤木くんとか)わたしはその度に照れ半分嬉しい半分で否定した。毎日欠かさず三井の応援に来て一緒に帰っていたら、そう思われても仕方ないのだけれど。
そして湘北高校バスケ部は県大会決勝リーグで海南大附属高校という学校と試合することになった。その矢先、三井はわたしに冒頭の言葉を告げたのだ。三井はいったいわたしをどう思っているのか、どんな意図があるのか、何故試合直前に告げたのか、そんな考えが試合が始まってもずっとわたしの頭をぐるぐると巡った。純粋に湘北が勝って欲しいという気持ちと、三井と付き合いたいという下心があったのかもしれないけれど、わたしはただ勝って欲しいと願い続けた。そしてたくさんの時間が流れ、試合は終わりを告げた。結果的に言えば、湘北高校は負けた。わたしは唖然とした。三井と付き合えないということよりも三井の頑張りが消えてしまったかのように感じてただ唖然として、悔しくて悲しかった。
わたしが悔しくて悲しくて俯いていると、三井がわたしの傍に寄ってきて、ごめんと一言つぶやくように言った。おそらく負けたことについての謝罪なんだろう。だけど負けたのは三井のせいなんかじゃない。皆頑張った。全力を出しきった。だけど負けた。わたしは試合に出ていないのに悔しかった。だから三井の謝罪は意味を成し得なかった。
帰り道、三井とわたしは家の方向が同じなので一緒に帰ることになった。わたしたちは何も話さず無言だった。わたしはその間、ずっと考えていた。三井の謝罪の意味や、試合前の言葉を。三井は、試合に勝ったら付き合ってくれと言った。だけど負けてしまって、三井は謝った。わたしはそこで気づいた。三井が謝ったのは、試合に負けたということもあるけれど、試合に負けてわたしに言った言葉を成し遂げなかったことについての謝罪なのでは、と。それに気づいた途端怒りがふつふつと込み上げてきて、わたしはぎゅっと強く拳を握った。するとちょうど三井との別れ道になり、わたしたちは足を止めた。すると三井が口を開いた。


「…今日は、悪かったな」


その言葉で十分だった。わたしは足を一歩踏み出して三井までの距離を稼ぐと強く握り締めた拳を振り上げて、三井の頬にわたしの全力を込めた右ストレートを食らわせた。吹っ飛びはしなかったものの、三井はその場に倒れ込み尻餅を着いた。何が起きたのかわからない顔で三井は殴られた頬を手で押さえていた。三井を殴った右手が痛かったが気にならなかった。今だ唖然とする三井に、わたしは声を張り上げた。


「馬鹿じゃないの!」


三井があんぐりと口を開いたままわたしを見ていた。いきなり殴られて怒鳴られて、訳がわからない、そんな顔だ。こういうのって晴子とかのフツー女の子なら平手打ちなんだろうがわたしにはそんな手加減できない。コイツに平手打ちなんかじゃ甘い。グーでいいんだよグーで。わたしはひたすら怒鳴り続ける。


「なんであんたが全部決めんの!?馬鹿なの!?なにがごめんだよ勝手に決めんなっ」
「…わ、わりぃ」
「なに謝ってんのっ、試合に負けたの、三井のせいじゃないよ!」
「……」
「誰のせいでも、ないのに…」


みんな必死に頑張ったんだよ、今まで生きてきたすべてを出しきって、すべてを捧げて頑張ったんだよ。そんなわたしの言葉はぜんぶぜんぶ涙に吸い込まれてしまった。気がついたら視線は染みのできたアスファルトで、わたしは座り込んでしまっていた。幸いこの通りは人が少なくて誰にも見られる心配はなかった。わたしは泣きながら、目の前の三井の脚を叩いて、つぶやくように言った。


「わたし、勝ったら付き合うとか、約束した覚えないよ。わたしの返事も聞かないで行っちゃったくせに、勝手に決めないで」
「……」
「試合に負けたって、わたしは三井が好きだよ…」


わたしは俯いていて表情は見えなかったけど、三井が動揺したのがわかった。
どんなに試合に負けたって、わたしは三井を支えたい。三井が諦めない限り、わたしは三井の傍で、三井を支えて行きたい。たとえ勝てなくたって良い。次に勝てるように、三井を支えて、一緒に頑張って行きたい。わたしは今までそう思ってきた。これからもそう思っていきたいと思ってきた。もしできるなら彼女になって、今まで以上に三井の傍で、三井を応援したい。それはわたしがずっと願ってきたこと。なのにそれを勝手に三井が一人で取り付けた約束で全部無にするなんて絶対に嫌だった。


「ばっかじゃないの…」


過去に三井に使ったことのある言葉だった。それは三井が不良になって、それからまたバスケ部に復帰して、わたしに俺が嫌いかと三井が聞いてきた時。わたしはそんなことを思い込んでいた三井を馬鹿じゃないのと一喝したんだ。
三井はあの時からひとつも変わっていない。思い込みの激しくて、勝手に一人で抱え込んでなんでも一人で決めてしまう、ただの馬鹿だった。


「…ごめん」
「だから謝んなっ!」
「ごめん」
「だからっ…!」


視界が暗くなって、わたしの身体をなにかが包んだ。それは三井の腕で、わたしは抱きしめられたと気づいた。おかげで涙が止まらなくなった。謝るなって言ってるのに。なに謝ってんのコイツほんとに馬鹿だ。


「そんなふうに思わせちまって、ごめんな」
「…う…」
「…ありがとう」


俺も好きだ。そう言われて今までとは比べものにならない量の涙がぶわりと目から溢れ出した。嗚咽を漏らしながら、わたしは三井に縋り付くように抱き着いた。
三井は勝手に一人でぜんぶ決めて抱え込む、正真正銘の馬鹿だった。知り合った時とまったく変わらない。変な意地張って不良になってしまった時とも変わらない。ただの馬鹿だ。
でも、そんな馬鹿を好きになったわたしも、馬鹿だ。





馬鹿と馬鹿の恋/三井
20120329