小説 | ナノ
三井…いやもとい三井先輩はあれから変わっていった。髪の毛をスポーツ刈りに切り、差し歯をいれ、ほんとにバスケ部に戻ってきた。三井先輩はまるで別人みたいになった。なんだか雰囲気も柔らかくなっていて、人柄も変わってたような気がした。最初見た時三井先輩だって気づかなかったぐらいだ。それから私は晴子に引きずられて良く体育館に行くようになってたから、三井先輩の変化にはほんとに驚いた。そしてさらに驚くべきことに三井先輩はものすごくバスケが上手かった。二年間、ヤンキーに走ったというブランクはありながらも、スリーポイントシュートという遠いとこからのシュートが得意で、ばすばすシュートを決めていった。私もちょっとシュートをやらしてもらったこともあるけど、全く入らなかった。なんであんなキレイに入るのか謎だ。
しばらく晴子と一緒に体育館に来ていると、私は桜木くんとか宮城くんとかのバスケ部員仲良くなった(流川くんは仲良くなれなかったけど)。それから私は晴子に引きずらなくても体育館に来るようになった。キャプテンの赤木先輩(晴子のお兄さんだ。たまにゴリ先輩と言いかけてしまう)とも小暮先輩とも話すようになった。二人とも優しくていい人だった。気がついたら(流川くんを除いて)バスケ部員と仲良くなっていた。私はいつの間にかバスケ部の顔なじみになり、放課後は毎回体育館で皆を応援するのが日課になった。
…ただ、流川くん以外にひとりだけ、仲良くなれない人がいた。三井先輩である。人柄が変わって、別人のようになったけれど、三井先輩はやっぱり少し怖かった。三井先輩を見るたび、殴られた右腕の痣を思い出してしまう。今は大分薄れてきたけど、袖から覗く痣を見て大丈夫?どうしたの?と言ってくる友達もまだいる。痣が消えたら三井先輩とも仲良くなれるかな。
と、そんなことを考えていたつい最近のこと。ある日いつものように晴子と体育館に行くと、バスケ部は練習試合をしていた。流川くんはよく動くな、桜木くんは相変わらずだな、と部員達を観察していると、ふと三井先輩がボールを持ったのが見えた。安田くんを難無く抜かし、少し遠い位置からシュート。スリーポイントだ。案の定ボールは宙で滑らかにカーブし、すとんとキレイに入った。別に三井先輩はスリーポイントシュートなんていっつも決めてるし、たいしたことはないのだけれど、練習試合でのスリーポイントシュートは久しぶりに見たからなんだか感動して「すごーい!」とかいいながら拍手をしてしまった。
当たり前に、そんな私の言葉に誰も反応しなかった。私も何事もなかったかのように拍手した手を下ろした。だけど三井先輩がくるっとこっちを向いた。「!」心臓が3メートルぐらい飛び出た気がした。やっべぇなんかこっち見てる!私がドキドキしていると、三井先輩は軽く私に手をあげ、一言。


「ありがとう」


か、かっこいい…!口から出てしまいそうになったので慌てて手で口をふさいだ。三井先輩はドッキンドッキンしている私をよそに試合に戻って行った。なんだあれ、かっこよすぎる!
なんてことがあった帰り、晴子にはお見通しだったようですかさず聞かれた。


「名前、三井先輩好きなの?」
「ええっ?」「今日、三井先輩にありがとうって言われてたじゃない。名前顔赤かったよ!」
「う、うっそ…」


うわっ恥ずかしい。もし三井先輩に見られたりしてたら…!手を頬っぺたにやるとなんだか熱い気がした。恥ずかしい…


「ねえ、好きなの?好きじゃないの?どっち?」
「えぇ〜……そ、それゃ三井先輩はかっこいいと思うけど、別に好きとかじゃ…」


私は俯く。うわなんかもじもじしてて女の子みたいじゃん。晴子を見たら何故か私を見てニヤニヤしていた。え、ちょ、なんでニヤニヤしてんの晴子…


「ふぅん、そうなんだあ…」
「な、なに?」
「いや、なんだか名前が男子をかっこいいって言うの、初めて聞いたなあって」


言われてからそういえばそうだなと納得した。確かに、イケメンだと思うことはあってもかっこいいと思うことはなかったような… っていうことは三井先輩が私の初かっこいい人になるのか。というか私はあんまり男子を好きになったことがないから、好きかどうかよくわからなかった。そこで三井先輩に彼女がいたらどうするかと考えてみた。三井先輩彼女いるって。ふぅん、そうなんだ。別に嫉妬とかの感情は沸いてこない。よし、好きじゃないな。好きじゃないと判断してまあでも好きじゃないから、と私が晴子に言うと、晴子はなんかそれから機嫌が良くなった(というか、ずっとニヤニヤしてた)。理由は聞かなかった。







次の日。今日は晴子が補習に行っていて、私は一人で体育館に向かった。最近はマネージャーっぽいことも彩子さんがさせてくれて(手伝いというのか)、最初は意味わかんなかったルールもちょっと覚えてきて、バスケが好きになってきた。まあでも私自身運動神経悪いからバスケ出来ないんだけど。体育館に向かっていると、曲がり角で誰かと衝突した。


「わっ」
「うわっ」


慌てて体制を立て直す。誰だと思ってぶつかった相手を見ると、なんとまあ三井先輩だった。「みっ、三井先輩っ」め、めっちゃ声裏返った!最悪だ… 私は恥ずかしくて下を向いた。だけど三井先輩は気にした風もなく、「あ、なんだ名字か」と言った。わ、私の名前知ってるよ三井先輩…!
一瞬、ちょっと気まずい空気が流れた。私が先輩部活頑張って下さいさようならと告げようとしたら、三井先輩が先に口を開いた。


「この前、ありがとうな」
「へっ?」
「この前練習試合した時、すごいって言ってくれたじゃねぇか。ちゃんと聞こえた」
「あ、え、そ、そうですか。なんかすいませんマネージャーでもないのに勝手に応援とかしちゃって…」
「なんだよ、別に全然いいよ。むしろ応援してくれるってのは嬉しいことだ」


最近は片付け手伝ってくれるしな。笑いながら三井先輩は言った。わ、笑ってくれた…!私は話し掛けてくれたこと、笑ってくれたとこと、応援が嬉しいって言ってくれたことがなんだかすごく嬉しかった。自然に頬の筋肉が緩んだ。今度は私から先輩に話しかけた。


「ありがとうです。あの、先輩いつもスリーポイントシュートすごく上手いですよね。びっくりしました」
「ああ、ありがとな。あ、そうだ名字、…ええっと…」


なんだろう。三井先輩は頭をかいて、なんか、こ、困ってる…?なんかしたかな私。はっ、もしかしてバスケ上手いですねって二年間ヤンキーの道に入ってしまった三井先輩への嫌味に聞こえたとか…?そうだったらどうしようやばい。私がそわそわしてると三井先輩はようやく口を開いた。


「その…悪かった」
「え?」
「右腕…あの時、ほんとに悪かった。ごめん」


ようやくそこで、三井先輩の視線の先に私の右腕があることに気づいた。あ、どこ見てるかと思ったらこれ見てるかと思ったらこれ見てたのか。私は右腕に目をやった。袖から覗く、痣。気にしてたのかこれ…
三井先輩を見ると、悲しそうな顔をしていた。三井先輩にそんな顔は似合わないなあ。いつもバスケをやって生き生きとしている三井先輩を見ているから、余計に悲しく見えた。なんだかこっちまで悲しくなってきた気がした。


「謝らないで下さい。危険なのわかってるのに近づいた私も悪いんだし…」
「いや、俺が悪い。女の身体に傷なんかつくっちまって、俺…ほんとにごめん…」
「だ、大丈夫ですよ。こんな痣すぐ消えますよ!切り傷じゃないんだし」


それから少しの間、俺が悪い、いや私も悪い、いや俺が悪い…みたいな言い合いをしていたけど、途中から晴子が来たから私は「ほんとに大丈夫ですから気にしない下さいって!悪いと思うなら練習してきて下さい」とちょっと無理やり体育館に押し込めた。しばらく経ってからやっべぇめっちゃ図々しいことしちゃったウザいとか思われてたらどうしよう!という葛藤に駆られたが、晴子の慰めによりなんとか立ち直った。








「三井先輩相変わらずすごいですねえ…なんであんなとこから投げて入るんですか?超能力?」
「実力だっつうの。向こうからボール投げてお前の頭に直撃させる自信あるぜ」
「えーさすがに無理ですよ」
「やってやろうか。お前絶対動くなよ」
「いや無理っス。すいませんでした」


それからしばらく経って、私は三井先輩とありえないくらい仲良くなった。それはもう、ものすごく。今ならバスケ部員で一番仲が良いのは?と聞かれたらコンマ一秒で三井先輩ですと答えられるくらいだ。案外気が合うのかもしれない。たまに一緒に帰ったりして、よく付き合ってるのかと聞かれたりする。気がついたら怖いとかの感情はどこかに吹っ飛んでいた。右腕の痣は消えて、今はもうなにもなかったように跡形もない。
そして私の痣が消えたころ、三井先輩の事でひとつ問題が浮上した。いや三井先輩が悪いとかじゃなく。全く三井先輩には非はない。問題は私である。いつから、とか、なんで、とかはわからない。ただ、ただ本当に気づいたら、



私は三井先輩が好きになっていた。



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