小説 | ナノ
※現パロの高校生


わたしは一息ついて、ドアノブに手をかけた。銀色のドアノブはひんやりとしていて、わたしの気持ちを掻き乱そうとしているようだ。しかしここで引く訳にはいかない。わたしには作戦があるのだ。そのためにわざわざ彼の家にまで来たのだ。もう一度一息つき、わたしは勢いよくドアノブを捻って押した。視界に広がるのは見慣れた部屋の景色と、その景色の中のベッドの上に座りわたしを不審な目で見てくる友人。わたしはだっとその友人に向かって頭を前にしてスライディングした。そしてスピードが落ちたところで床に両手をつき、頭を下げた。自分で言うのもなんだが、素晴らしい見事なスライディング土下座だったと思う。多分わたしを宇宙人を見るような目で見ているであろう友人にわたしはこれ以上ない気持ちを込めて言った。


「お願いがあります」
「嫌だ」


わたしは奇声をあげて土下座の状態からごろごろと床に転がった。予想はしていたがまさか即答とは… わたしは顔を上げた。ベッドの上の我が友人、キングは案の定宇宙人を見ているような顔をしていた。わたしは転がったまま悲痛な叫びをキングへと向けた。


「まだなんも言ってないじゃん!」
「言わなくてもわかる」
「いやいやいや友達の言うことは最後まで聞きなさいっておばあちゃんとかに言われなかった?」
「言われなかった」
「嘘だろ」


わたしが膝立ちしてキングに詰め寄るようにベッドに寄り掛かると、キングはわたしを無視して携帯をいじっていた。こいつ人が下手に出ればいい気になりやがって… いやしかしキングのことだ、ここでわたしが下手に上から行くと話を聞いてくれなくなるかもしれない。それは大いに困る。なんたってこれはキングにしか頼めないことなのだ。なのでわたしはさらに下手に出ることにした。


「話だけでも聞いてください。キリッ」
「というかお前なんで俺の家にいるんだ」
「キングマミーには了承済みであります」
「ったく……今度は何をしたんだ」
「聞いてくれるの?」
「話聞くだけな。嫌だったら即答断る」
「やった!」


話を聞くと言いつつキングの視線は携帯で完全に話を聞く態度ではない。しかしいつものことなのでわたしは大して気にせずに「あのさ、」と話を切り出した。


「わたしの彼氏をやりませんか」


キングの携帯をいじる手がぴたりと止まった。珍しくわたしの話に反応らしい反応したのでちょっと感動していると、キングが目をかっ開いているのと目が合った。あ、ちょっと言い方が悪かったか。わたしは訂正した。


「ごめんミスった。正確には彼氏のフリして欲しいんだけど」
「…彼氏のフリ?」
「うん。あーいやー話すの長いんだけどねこれが」


と、わたしはキングに頼み事をする経緯を話し始めた。
さかのぼること一ヶ月前。事の始めはわたしが教室を移動していた時だ。わたしが廊下を歩いていると知らない男の先輩に話しかけられた。人見知りのわたしは全く知らない先輩に話しかけられたので若干きょどりつつ普通に話した。確か同じクラスの女の子について聞かれただけでその時は大して印象に残らなかったが、問題はその後だ。ある日わたしの友達が皆川先輩にアドレス教えていい?と聞いてきた。皆川先輩って誰やねんと友達に聞いてみるとこの前話しかけてきたあの先輩のことらしい。いやわたし一回しか話したことないのになあ。一瞬断ろうかと思ったが、その聞いてきた友達はそこまで仲良くない子だったのでいや断るのもなあ…と思い、了承してしまった。今思えばそれがミステイクだった。その後皆川先輩からよく暇だからとメールが来るようになった。最初はわたしもフツーにメールを返していて、全然気にならなかったのだが、三日に一通だったのがだんだん多くなり、一日に何通も来るようになった。内容も最初はフツーだったのが、好きな人はいるのか、今なにしているのか、今度遊ばないか、君可愛いよね、抱きしめたいよと濃くなっていった。そんなメールが毎日毎日送られてくる。わたしももちろん抵抗した。ちょっとわたし疲れてるんでメール控えてもらえませんか、とか絵文字もないもない冷たいメールを送ったりしたのだが、効果は出ない。わたしは最終手段にメールを無視することを決め込んだ。だが無視した翌日に先輩は学校で話しかけて来る。昨日なにかあったの大丈夫?心配すんならメールすんな迷惑だ。だけどわたしはそんなことをハッキリと告げられるような性格ではなく、先輩はそれを知っているのか知らないのか、ハッキリ言えないわたしに話しかけて来るのだ。そしてそれはだんだんエスカレートしていき、この前は綺麗だねと髪の毛を触られ、ちょっと前には君は手小さいよねと手を握られ、今日なんかは後ろから抱きしめられたのだ。わたしは先輩に嫌悪感を抱いている。しかしもう対策がない。と、そこで思い付いた。さすがに先輩もわたしに彼氏が出来れば諦めるんじゃないかと。しかし彼氏とはそう簡単に出来るものではない(しかもわたしだから特に)。なので誰か仲の良い男友達に彼氏の役をやってもらうことにしたのだ。


「で、それが俺か?」
「うん。エイトにやってもらおうかと思ったがけどアイツ好きな人いるし。かわいそうだからやめた」
「エイト?お前ら仲良かったか?」
「そんなでもないけどなんかアイツ格闘技やってるから強そうじゃん。なんかあった時頼れそうでいいかなと」
「別に喧嘩する訳じゃないだろうが」
「あはは、確かにそうかも」


わたしが笑うとキングは携帯はしまって話を聞いてくれる体制になったのでわたしはベッドにはい上がって座ってキングに向き合った。キングが改まってわたしの話を聞くなんて珍しいな。


「で?俺はいつから彼氏をやれば良いんだ?」
「え?やってくれんの?」
「やらないでいいならやらんが」
「やって下さいお願いします」


再びわたしがベッドの上で土下座をするとキングは「よし、やってやらんこともないぞ」とわたしの頭を撫でた。偉そうにしやがってこんちくしょう。わたしが頭を上げてもキングはわたしの頭に手を乗せたままだった。掃おうかと思ったが特に気にせずそのままにしておいた。


「俺は具体的になにすればいいんだ?」
「そうだなぁ… あ、明日一緒に学校行ってくんない?」
「なんだ、そんなんでいいのか?」
「実はさあ、皆川先輩たまに朝学校の近くで待ってたりすんだよね。たまにだけど」
「…お前それ軽くストーカーだろ。先生とかに言えよ」
「いいよ別に言わなくても。そこまでじゃないでしょ」
「……お前は危機感がなさすぎる」


キングは呆れたようにため息をついた。そんなこと言われたって別にたいしたことないし。まあそりゃあ迷惑っちゃあ迷惑だけど。わたしが「いいじゃん別に平気だよ」と言うと、キングはわたしの頭をぐしゃぐしゃにした。なんでだ。
























翌日の朝、登校してすぐキングの家に向かった。わたしの方が学校から遠いのでわたしが先に家を出て、学校への通学路の途中にあるキングの家にわたしがキングを迎えに行くことになっていた。家の前に着いてチャイムを鳴らすと、返事はなかったがすぐに玄関からキングが出てきた。


「早っ」
「もう来るかと思ったから玄関で待機してた」
「あ、じゃあもしや待たせてた?ごめんそ」
「そんなに待ってないから別にいい」
「マジか。なら良かったわ」


わたしがさて行くかと歩き出そうとすると、キングが「ん」と手を出してきた。わたしは首を傾げる。


「なにこれ」
「手、出せ。彼氏なんだろ?」


どうやら恋人同士(という設定)なんだから手を繋いで登校しようということらしい。別にそこまでしなくったって良い気もするが、悪い気はしないし念には念をっていうことでいいか。わたしが素直にキングの手にわたしの手を乗せると、キングはわたしの手を握って歩き始めたのでわたしも歩き始める。こんなことしているの友達に見られたら驚かれるだろうがまあ適当にあしらっておけばいいか。吐いた息が白い。脚はもう冷えきっている。わたしはキングの手のぬくもりが温かくてなんだかドキドキした。…キングにドキドキ?いやいやいや有り得ない。だってキングだ。わたしの部屋に初めて来た時、落ちていたわたしの下着(しまい忘れたのだ)を見て鼻笑いしたような奴だ。そんな奴にドキドキなんぞするわけない。しかし実際にわたしの胸はドキドキしている。わたしはそれをごまかすためにキングに会話を持ち掛けた。


「寒いねぇ」
「寒いな」
「今日先輩いるかな」
「いつもどの辺にいるんだ?」
「ええとねぇ、この前はコンビニの前で、昨日は駅の前にいた」
「…もしかしてあれか?」


と、キングが足を止めて顎で指したのは駅の前。歩いている社会人や学生に混じって、ひとりうちの制服で止まっているのですぐわかった。皆川先輩だ。


「うわっいたあれだ」
「どうする」
「スルーでいいっしょ」
「話しかけてきたらどうするんだ?」
「キング見た目怖いから多分話しかけてこな…いてっ」


繋いでない方の手で頭を叩かれた。いやだって事実だろ金髪のツーブロとか厳ついし。わたし初めて会った時真面目に怖くて近づきたくなかったわ。
わたしとキングは手を繋いだまま先輩の前を通り越した。見ないようにしていたから先輩がわたしたちに気づいていたかはわからないけどあれだけ堂々と手を繋いで前を通ったんだから気づいているのだろう。いつもは話しかけて来るのだが今日は予想通り話しかけて来なかった。


「よっしゃあクリア」
「話しかけて来なかったな」
「うん。あー良かった。つかいつまで繋いでる?手」
「お前の好きにしろ」
「んー、先輩通り越したからもういいや」


わたしがそう言うとキングはそうかと言って手を離した。温かかった手が冷気に触れてだんだん冷たくなっていく。なんだかキングの手が少し名残惜しくて、寂しく感じた。






























キングと一緒に教室に入り、席に着いて携帯を開くとメールが来ていた。開いてみるとやはり皆川先輩で、内容も予想通り「朝一緒にいたの彼氏?」というものだった。わたしは作戦が上手くいっているのを感じてしめしめと「そうですよ」と絵文字もなにもないメールを送った。と、ちょうどそこで先生が来て朝のホームルームが始まったので携帯を閉じた。
一限目の授業中に携帯のバイブが制服のポケットから響いているのに気づいて先生の目を気にしながら開くと皆川先輩からのメールで「いつから付き合ってるの?」という内容だった。わたしは冷たく「昨日です」とだけ返信した。
二限目前に携帯を開くとやはり先輩からメールが来ていた。「なんで付き合っちゃったの?」いや先輩には関係ないだろうがと思ったが、わたしは普通に「好きだからです」と送った。今度はすぐに返信が返ってきて、「俺名前ちゃんのこと好きなのに…残念だなあ」と来ていた。今までハッキリ好きと言われなかったからあまりにハッキリした言葉に思わずびっくりしたが、前からわかっていたことだったので別にたいしたことでもないか。ていうか先輩いつからわたしのこと名前呼びしてんの無理だから。本気で無理だから。「そうですか」と適当にメールを返しておいた。
三限目始めにまた先輩からメールが来ていた。開いてみると、「俺さあ、名前ちゃんのこと前から好きで(以下略)絶対俺の方が名前ちゃん幸せに出来ると思うし、俺と付き合わない?」と来ていた。わたしは本当に即座に「無理です」とメールを送った。そこから携帯を開くのをやめた。
昼休み、いつも通り友達と一緒にご飯を食べようとお弁当を持って席から立ち上がると、「おい」と声をかけられた。見てみるとキングで、わたしは首を傾げた。


「なに?」
「飯、一緒に食うぞ」


わたしはキョトンとしてキングを見た。確かにキングの手にはお弁当がある。どうやら本気らしい。いつの間にかわたしの後ろにいた友達がわたしの肩をバンバン叩いてキングと付き合ってんの!?と聞いてきた。わたしはうんまあねと適当に返事をして友達の攻撃から華麗に避けた。こいつには後で説明しよう。それにしても朝手繋ぎを要求してきた事といいキング結構ノリノリだな。こんなこと言ったらやってくれなくなるから言わないけど。わたしはキングとご飯を食べることにした。キングとはフツーに家に遊びに行けるほど仲が良いし、友達が学校を休んだ時はよく一緒にお昼を食べたりしているから別に今日一緒にお昼を食べるくらい全然良い。


「いーよ。どこで?」
「屋上」
「えぇえ寒いじゃん」
「じゃあ談話室」
「あー人多いんだよねぇあそこ…」
「じゃあどこ行きたいんだ?」
「もう屋上でいっか」
「ったく、最初からそう言え馬鹿」
「すんまそーん」


バシッと頭を叩かれた。痛い。わたしは屋上の寒さ対策にブランケットを掴むと、笑いながらキングの背中を押して教室を出た。キングの背中を押しながら階段を登っていると、キングがふと止まった。わたしも慌てて足を止めた。


「うわっバカ急に止まんなよ転けんじゃ…」


キングの顔を覗こうとすると、わたしとキングの前、階段の上に人が立っているのに気がついた。誰だろうと目を懲らしてみて誰かわかった瞬間、わたしはぎょっとした。それは皆川先輩だった。メールの返事返してねぇクソ気まずィ。わたしが再びキングの後ろに隠れようとしたらいきなりキングが振り向いてわたしの手を取ったから驚いた。キングはわたしの手を掴んだまま唖然としているわたしを引っ張って階段を登りだしたのではっとして慌ててわたしも登り出した。必然的に皆川先輩の横を通り過ぎる訳で。わたしはびくびくしながら俯き気味で先輩の横を通り過ぎた。怖かったので思わずキングの手をギュッとした。無事皆川先輩を通り過ぎ、屋上に着くまでわたしは緊張していて無言だった。なので屋上に入りドアを閉めた時、わたしははあっと大きくため息をついた。


「あーっ死ぬかと思った!」
「なんであんなとこにいるんだ…あいつ三年だろうが」
「あ、多分わたしに会いに来たんじゃね?よく昼休みに教室来るから」
「気持ち悪」
「ですよねー」


わたしは寒い中お弁当を広げ始めた。お弁当は美味しいんだが寒くてどうもお弁当に集中出来ない。ブランケットを膝にかけて温めるが寒さはブランケットを貫通してわたしの膝を攻撃してくる。最初は寒かったがご飯を食べているうちにもはや感覚がなくなってきた。


「なんか寒すぎて感覚なくなかってきたわ」
「お前それもう終わってる」
「いいよねーキングはズボンで。羨ましいわ」
「下に体操着着ろよ」
「わたしそれやりすぎて体操着先生に取られた」


スカートの下に体操着を履くのは校則違反だ。わたしは半ズボンと長ズボンどちらも取られた。


「じゃあお前体育の時どうしてんだ?」
「体育の授業の時だけ返してもらえるんだけどさー、いちいち面倒臭い。早く返してくんない…か…な」
「?どうした?」
「あ、いや、携帯鳴ってて」


わたしのポケットで携帯が存在を主張するようにブーブーと鳴っていた。相手は容易に予想出来る。わたしはポケットから携帯を取り出すと慣れた手つきでそれを開いた。相手はまあ予想通り皆川先輩だった。しかもメールじゃなくて着信。


「げ」
「あいつか?」
「うん。しかも着信。出なくていいよね?」
「当たり前だろ」


キングにも言われてわたしは着信を無視することにした。今出たら何言われるかわからない。わたしは再びご飯に集中した。から揚げうめぇ。


「名字、お前あいつに気あったのか?」
「え?」
「いや、いくらなんでもこっち全くに気がないのにあんなに引っ付かないと思ってな。お前最初はまんざらでもなかったろ」
「うわあ…よくわかったね」
「やっぱりか」
「うん。最初はまんざらでもなかったよ。可愛いって言われて嬉しくないわけないし。メールもさ、最初は部屋に遊びに行きたいなーってぐらいで別に良かったんだけど、さすがに抱きしめたいとか気持ち悪いメール送りまくって来たり、ボディタッチ激しいわでドン引きしたわ」
「…部屋に上げたのか?」
「上げてない上げてない。さすがに会って間もない男の子を部屋に上げるのはちょっと」
「俺は上げるのにか」
「え?だってキングじゃん」
「……」


キングのお弁当をつつく箸が止まった。わたしが首を傾げてどうしたのと聞こうとすると、お弁当の横に置かれたキングの携帯のランプがチカチカと光ってるのが見えた。あ、こいつ確かドライブマナーモードだ。


「キング、携帯鳴って」


わたしはそれを教えようとキングの携帯に手を伸ばした。するといきなりわたしの手首をキングが掴んだので少しびっくりした。


「なに?どしたの?」


顔を上げたらキングの顔が予想外に近くて思わずぎょっとした。反射的に顔を引こうとしたら手首を強く引っ張られてそれは妨げられた。キングは身を乗り出してわたしに近づいていた。お互いの息が顔にかかるほど近い。わたしは柄にもなくドキドキした。キングが真っすぐわたしを見つめて来るもんだからわたしは恥ずかしくてキングの目を見れなかった。


「き、キング?」
「俺も」
「は?」
「俺も男だ」
「え 知ってる」
「だからこのまま、お前に無理矢理キスすることだって出来る」
「!?」
「お前は俺のことを男だと思ったことが、一度でもあるか?」


息が詰まった。だってキングがこんなこと言うなんて夢にも思わなかったから。わたしにとって、キングはキングでありそれ以上もそれ以下でもなかった。答えは当たり前に一つしかない。だから思わずキングの方を見てしまって、キングの茶褐色の瞳とがっちり目が合った。
男の目だった。いつもわたしを見ている、ただひとりの友達の目ではなかった。キングに掴まれた手首が妙に熱い。そしてゆっくりと、キングの顔がわたしに近づいて来た。これ以上近づいて来るということは意味は一つしか成し得ない。キスされるんだ。わかった瞬間にわたしは目をつむった。男の目のキングと視線を合わせたままキスしたくなかった。でも、理由はわからないがキングとキスすること自体を嫌には感じなかった。わたしは目をつむって唇の感触を覚悟していたが、いつまで経っても覚悟した感触が来ない。疑問に思ったがキングと目を合わせたくなくて目は開けられなかった。すると今まで顔に感じていたキングの吐息がなくなり、掴まれていた手首が離されたのがわかった。わたしがおそるおそる目を開けると、すぐ近くにいたキングが身を乗り出すのをやめてわたしから離れているのが視界に入った。


「…悪い」


そう言い放つように言ったキングの声は、まるで氷点下にまで落ちたような声だった。わたしが今まで聞いてきた中で過去最高記録の冷たい声。わたしが声をかける前に、キングはさっさとお弁当を片付けて屋上から出て行ってしまった。
いったいどこで歯車が噛み合わなくなってしまったのだろう。わたしたちは噛み合わせようとしなくとも、いとも簡単に合わさっていたというのに。今はもう、歯車の噛み合わせ方がわからなくなってしまった。声をかけるにも、わたしは一体何を言えば良かったのだろうか?わたしは今までキングにどうやって接していた?今までのわたしなら、キングになんて声をかけた?答えはわからない。歯車はぎしぎしとひしゃげた音をたてて、ズレてしまったのだから。