小説 | ナノ
「…ん」


わたしが目を覚ますと、花畑が視界に入った。一瞬なんでここにいるのかがわからなくてびっくりしたが、思い出してから納得した。これで目を覚ましたら魔導院とかだったら良かったんだけど。わたしの期待はまあ外れて、景色は変わらずの花畑。クラサメ隊長に寄り掛かるのをやめて一応辺りを見回したけどやはりさっきと全く変わっていない。わたしはクラサメ隊長に声をかけようと彼の方を見たら、隊長は目をつむって寝ていた。わたしは一瞬ぽかんとしたが、ひとりでクスクスと笑った。起きてるって言ったくせになんで寝てるんだか。わたしはクラサメ隊長が寝ているのを良いことに顔をじっと見つめてみた。こうまじまじと見るとほんとにイケメンなんだよな、隊長って。睫毛長ぇ。モテるんだろうなあ… もっとよく見ようと体を動かすと、手になにかが当たった。見るとそれはクラサメ隊長の手だった。わたしはふと思いついて、その手に自分の手を重ねた。ばれなきゃいいよね。手を重ねて、もう一度クラサメ隊長の顔を見つめる。相変わらずイケメンだ。そういえばわたしクラサメ隊長の素顔見たことあるみたいだけどまったく覚えてないんだよね。もっかい見たいな。


「マスク邪魔だなあ…」


かなり自然に口にした。言ってから自分でもちょっとびっくりしたが、まあクラサメ隊長寝てるしいいかとそんなに気にせず隊長を再度見つめた。が、いきなりクラサメ隊長の目が開いた時には心臓が3メートルほど飛び出したかと思った。


「そんなにマスクが邪魔か?」
「あ、い、いや、ああああの、」


クラサメ隊長は意地悪に薄く笑いながらわたしを見た。あまりに予想外のことにわたしが戸惑っていると、手を重ねてしまっていることにはっと気づいて慌てて手を離した。「ごごごごめんなさい」するとクラサメ隊長が離れようとしたわたしの手を掴んだ。びっくりしてクラサメ隊長を見ると、隊長は笑いながら言った。


「そのままでいい」


わたしはなにも言えずに黙って隊長の言う通りにした。今度は手を重ねるというより手を繋いでいるような感じで、わたしたちの手は絡み合ってそろそろとわたしの膝に落ちた。その間わたしは心臓がバックバックだった。ヤバいなにこれどうしよォォ。おそらく顔は真っ赤になっているであろう。そしてクラサメ隊長もそれにとっくに気づいているのだろうなと思うとさらに体温が上がる。


「マスク、外してやろうか」
「えっ」
「邪魔なんだろう?」


クラサメ隊長はわたしの答えを聞く前にわたしと繋いでる手とは別の手でマスクを外した。クラサメ隊長の素顔にわたしはちょっとびっくりする。顎に傷の跡があったから。そういえば日記にも書いてあった気がしたけど忘れてた。でも、綺麗だとわたしは思った。フツーにかっこいい。予想通り、いや予想以上かも。


「…見るのは2回目だな。覚えてないか?」
「えっ、あっ、はい」
「そうか」
「あっでも日記には書いてあったから知ってたよ」


わたしの挙動不審な答えに少し笑いながらもクラサメ隊長は残念そうにした。見るのは2回目らしいがわたしはまったく覚えていない。フツーに初めて見た。


「フツーにかっこいいね」
「……」
「いや嘘じゃないよ?」


わたしが素直に感想を述べると、クラサメ隊長はちょっと驚いて、ふと笑った。


「同じことを言うんだな」
「え?誰と?」
「お前だよ。俺の素顔を見た時、同じことを言っていた」
「へぇー、そうなんだ… やっぱり言うことは変わらないんだ」
「みたいだな。……なあ名前」
「なに?」
「俺があの時マスクを外したあと、俺が何をしたか、知っているか?」


マスクを外したあと…?わたしは脳をフル回転して必死に思い出す。あ、そうだ確かその後… 思い出してからわたしはぼんと爆発した。いや爆発したというか爆発的に体温が上昇したというか。わたしは再び真っ赤になりつつ、じっと答えを待つクラサメ隊長に、たっぷりと時間をかけて、俯いてつぶやくように言った。


「い、いちおう… 知ってるけど…」


急に手を引っ張られた。え?とわたしは何がなんだかわからずに一瞬混乱した。からんと乾いた音が聞こえて、多分隊長のマスクが落ちた音だと思った。急に手を引っ張られたと思うと、次の瞬間にはわたしはクラサメ隊長の腕の中にいた。理解してさらに体温が上昇。心臓が爆発した気がした。わたしは混乱しつつ隊長の服を掴んだ。


「ちょ、ななななにしてっ」
「悪い、ほんとは思い出してからこうしようかと思ったんだが、我慢出来なかった」
「いやマジ意味わからんわからん」


最初はわたしも抵抗したが、クラサメ隊長が強く抱きしめてるせいで無駄な抵抗に終わった。諦めてしばらく抱きしめられてるとだんだん落ち着いてきて、わたしはむしろ今の状態が心地好く感じてきた。心臓のドキドキが心地好い。やっぱりわたし、この人のこと好きなんだなと自覚した。わたしはさりげなくクラサメ隊長の背中に手を回してみる。すると隊長が口を開いた。


「…あの時のこと、思い出せないか?」
「残念ながらまったく」
「そうか…」
「あっ、でも」
「ん?」
「ええと、恥ずかしいこと言うようですが、その……」
「なんだ。はっきり言え」
「いやあの、……あの時のわたしの気持ちは、その…変わってない、から」


クラサメ隊長は何も言わなかった。えっちょなになんか言ってよむっちゃ恥ずかしいんだけど。抱きしめられているせいで顔は見えない。するとクラサメ隊長はわたしから体を離した。すこし名残惜しい気もしたが仕方なくわたしも離れる。ただ手は繋いだままだ。隊長?とわたしが声をかけようとしたら、クラサメ隊長がゆっくりと顔を近づけてきて、わたしの顔の輪郭をなぞるように撫でた。わたしは少しくすぐったくてクスクス笑った。


「いいか?」


一瞬何を聞かれてるのかと思ったが、クラサメ隊長が息がかかるほど近くに顔を近づけてきたのでわたしはそこでようやく察した。


「…いいよ」


目の前がクラサメ隊長でいっぱいになって、唇に柔らかくて温かい感触がした。心臓が跳ねた。思わず目を閉じる。少し離れてからまた角度の違うキス。唇を食むようなそれに、わたしの頭の中でなにかが引っ掛かった。(―――?)わたし、このキス知ってる。昔に、同じようにクラサメ隊長で視界がいっぱいになって、同じような感触を感じたことがある。あの時も、確かわたしは―――――









最初はあの緑の瞳が少し怖かった。


「これから諸君の指揮隊長となる、クラサメだ」



ただその緑の奥の優しさに触れた時、わたしはひどく感動したのを覚えている。



「お前は今日から日記をつけろ。生活がたるんどる」
「えぇぇ勘弁してよ隊長ぉ」



いつからだろうか。わたしはその緑に引き付けられるようになっていた。



「戦争に死人は付き物だ。…だが名前、私はお前のそな考え方、嫌いではないぞ」



やけに悲しそうな緑の瞳がわたしを見ていたのがひどく印象に残っている。


「…私はお前達の指揮隊長だ。戦場で私が下がってどうする」

「そんなの関係ない!わたしは、指揮隊長でもなんでもない、クラサメが好きなんだよ…」



涙で濡れた顔がやけに冷たかった。


「…名前」


死ぬというのなら、どうしてそんな目でわたしを見ていたの。


「好きだ」



そう彼は愛の言葉を悲しみで揺らいだ顔で言った。









ぱんと頭の中でなにかが弾けた気がした。唇はいつの間にか離れいて、目の前でクラサメが首を傾げている。わたしは開いた目から涙がこぼれ落ちるのを感じた。するとクラサメ隊長の顔に焦りが浮かぶ。


「名前?どうした?」
「………」
「名前?」
「わたし、思い出した…」


クラサメ隊長の目が見開かれる。わたしはこぼれ落ちる涙も拭わずに、ただクラサメ隊長を見つめた。


「たいちょう…」


握った手がやけに温かい気がした。クラサメ隊長が近づいてきて、また抱きしめられる。わたしはボロボロ泣きながら、隊長な背中に手を回して抱きしめ返した。ただ愛しかった。
隊長、隊長はずっと知っていたんだね。わたしの気持ちも隊長の気持ちも全部。そうだ、わたし、隊長に好きって言ってもらえてすごく嬉しかったんだ。忘れてたことが悔しくて、でも思い出せたのが嬉しくて、わたしはボロボロ泣いた。クラサメ隊長は何も言わずにわたしを抱きしめてくれた。
どれだけ経っただろうか。実際は一分ぐらいだったのだろうが、わたしにはずいぶんと長い時間に感じられた。体を離して、わたしとクラサメ隊長は見つめ合った。もう一度口づけを交わそうとした時だった。「…あ」体の奥からなにかが薄らいでゆくような感じがした。ふと下を見ると、わたしの足が消えかかっていた。見ればクラサメ隊長の足もだった。けどわたしは驚かなかった。不思議なことに、わたしは消えるということがわかっていたからだ。誰に教えられたわけではないのに、わたしは心からわかるような気がした。それはクラサメ隊長も一緒らしく、隊長もそんなに驚いてはいなかった。


「…消えちゃうね」
「そのようだな」
「なんか不思議。教えられたわけでもないのに、消えちゃうってわかる」
「俺もだ。やはり俺達は死んでいたらしいな」
「そうだね。…わたしたちこのまま消えたら、どこ行くんだろ」
「…天国、か?」
「そうかも。でも、もしかしたらここが天国で、わたしたちは今から生まれ変わるのかもしれないね」
「フッ… お前らしいな」
「へへへっ」


手の温かさが消えたと思って見たら手ごと消えていた。もう少し手のぬくもりを感じていたかったんだけれど。


「でもさあ、」
「ん?」
「生まれ変わったなら、また一緒がいいね」


わたしがそう言うと、隊長は笑ってそうだなとうれしそうに言ってわたしにキスをした。わたしはクスクス笑って、隊長に抱き着こうとしたら、腕が消えかけてて出来なかった。


「怖くないか?」
「え?」
「消えるのが、怖くないか?」


わたしはキョトンとしてから、笑って答えた。


「大丈夫。クラサメ隊長と一緒だから怖くない」
「…そうか。良かった」


もう身体はほとんど消えていた。あと少しでわたしたちは完全に消えてしまう。わたしは最後にキスをしたかったけど無理そうだったからやめた。ちょっと悔しいけど、隊長は一緒にいるし、いっか。
でもこのまま消えるのは怖いというより名残惜しかった。せっかく隊長と会えたのに、まだ0組のみんなとも会えてないのに。ちょっと悔しい。
わたしたち、もし生まれ変わったらまた一緒にいられるかな。わたしはすごく隊長が好きだ。神様、もしいるのなら、叶えて欲しい。わたしが今まで生きてきたなかでも、一番の幸せを叶えて欲しい。生まれ変わっても一緒にいれることを、どうか。
隊長に伝えたいことはたくさんあった。でも、もう消えちゃうみたいだから、わたしは最後に大事な要点だけを伝えることにした。




「また会おうね。大好きだよ」
「ああ。俺もだ」


視界が白くなる。ああ、もう隊長の顔、見えないや。意識も揺らいでいって、遠くなる。クラサメ隊長、わたしは、最後まで、隊長を――――























「……っていう夢を見たんだけど」


優雅に紅茶を飲んでいるクラサメにわたしは主張するように言った。クラサメは飲んでいた紅茶をテーブルに置くと、わたしの方を見た。


「だからなんだ」
「夢ないなあクラサメは。ロマンチックじゃない?前世でわたしたちは結ばれなかったけど、今現世でこうして幸せに暮らしてますよっていう」
「ただの夢だろう」
「ホントかもしれないじゃん」
「本当じゃないかもしれないだろう」
「クラサメのばか。年下だと思ってばかにしてるでしょ」


わたしとクラサメは付き合っているのだが、8歳近く歳が離れている。そのせいで魔導院でも一緒にいると、よくカヅサや生徒からロリコンと馬鹿にされる。わたしは別にクラサメがロリコンだろうが好きになってくれていることは変わらないし気にしてないが本人的には結構気にしているらしく、ロリコンと言ってくるカヅサによく怒ったりしている(ちなみにわたしがキングにオヤジ好きと馬鹿にされた時はキングをボコボコにしてやったけど)。
わたしが拗ねたようにそっぽを向くと、ごそごそと音がしてそっちを向くとクラサメがわたしの隣に移動していた。クラサメは顔を近づけると、わたしの唇に小さくキスをした。わたしはちょっと照れ臭くって顔を逸らした。付き合ってもう三ヶ月経つがどうもまだクラサメとのスキンシップには慣れない。


「別にいいじゃないか。前世がなんだろうと」


クラサメはもう一度わたしにキスをした。


「俺達は今、ここにいるんだから」





愛はそこにある/クラサメ
20120111