小説 | ナノ
体育館のドアを開けると、体育館独特の埃っぽさの匂いが鼻についたと思うとむあっとした熱気が感じられた。思わず眉をしかめる。体育館ではバスケ部が練習していた。ダンダン、ボールが床に打ち付けられる音がする。ふと部員達に目を向けたら目をかっ開いた。私は思わず隣にいる晴子の肩をばんばん叩く。

「え、なんか!なんか赤い人いるけどヤンキー乗り込んできたの!?」
「違うわよっ。あれ、桜木くん!ちゃんとしたバスケ部員!」
「え、マジか」

赤い人デカ!と言ってまた晴子の肩をばんばん叩いた。赤い人にかなり失礼な気がするが晴子も私も気にせず(失礼だ)、晴子はそれよりも!と今度は彼女が私の肩をばんばん叩いた。


「なに?」
「流川くんよ!かっこいいの!」
「ああはいはい。流川くんね。今いんの?」
「いるよ。ほらあの、今パスされた、ボール持ってる人」


晴子に言われ、私は目を懲らして流川くんとやらを探した。
運動が苦手で帰宅部である私が今日、わざわざ体育館に来たのはその、流川とやらを見に来るためだった。別に私自身流川に興味はないので晴子に「絶対かっこいいから見て!」と言われて引きずられて来たのだ。
今ボール持ってる人…あれか。私は流川をよくよく見てみる。なんか目つきが悪くて、狐みたいな奴だった。いやイケメンっちゃあイケメンなんだろうけど。なんか…


「クールビューティ、って感じだね」
「確かにクールビューティって感じなんだけどね、試合になるとすごい熱くなるの。それがすごいのよ」
「ふぅん…クール系男子か……まあ私はにじ」
「…にじ?」
「や、ううん、なんでもない。タイプじゃないわって話」
「うーん、そっか」


あー危ない危ない。晴子の前でクール系男子は二次元じゃなきゃ無理だなとか言えないわな。まあ晴子はオタク嫌いじゃないけど話すことなんかじゃないし。
晴子は流川のかっこよさについて語りはじめた。私はそれを適当に頷いて聞き流しながらバスケ部を眺めた。あーなんか、とにかくでけーな皆。流川を始め眼鏡の先輩(多分)、あとなんか赤い人…と皆デカい。あ、でも赤い人の相手してる人ちっちゃいな。まあ周りがデカいってだけであの人自体が小さい訳じゃないんだろうけど。赤い人は小さい人になんか教わってた。てかあの小さい人一年だよね?どっかで見た記憶が……あ、そうだ、うちのクラスのユカちゃんにフラれた人だ。どうりで見覚えあると思ったわ。
ちらりと隣の晴子を見ると、近くにいる洋平くんとやらと話していた。桜木くん云々って。桜木ってあの赤い人か。洋平くんの友達なんだ。洋平くんは晴子とバイバイして帰って行った。洋平くんは優しくっていい人だ。なかなかのイケメンだし、見た目は怖いけどかっこいいと思う。まあ三次元だから別に好きじゃないけど。


「じゃあ名前は誰が好み?」
「へ?この中で?」
「うん」
「え〜…いないよ。てか私好きなタイプとかないから」
「ええっ…そうなんだ」


晴子が残念そうに俯いた。うーん、残念ながら、私は三次元にはあまり興味はないのだ。どちらかというと家で乙女ゲーやってニヤニヤしてるタイプだからなあ。残念でした。
とか思ってると、ふと体育館に近づいてくる複数の気配を感じた。そっちを見てみると、明らかに悪そうなヤンキー達が数人、体育館に向かって来るのが見えた。うわっ!リーダーっぽいロン毛と目ェ合った!私は「ちょ、ちょっと晴子あれ!」と晴子の肩をばんばん叩いてヤンキー達を指さした。晴子はびっくりした様子でヤンキー達を見ている。ヤベ、これ完全にヤンキー達体育館が目的じゃね?なんて考えてるとヤンキー達は体育館に入って来ようとしてきたので私と晴子は慌てて体育館の中に入った。
ヤンキー達は体育館に入っていった。ダン!ヤンキーの体育館に踏み入れた音で部員達もやっとヤンキーの存在に気づいたようだ。リーダーのロン毛がバスケットボールを手に取ると、笑って言った。


「俺達も混ぜてくれよ宮城」


その一言に部員がみんな固まった。一瞬沈黙が流れたが、小暮先輩が注意を促した。


「土足で上がらないでくれ。靴を…」
「小暮さん」


すると小さい人が小暮先輩を諭した。いや小暮先輩それどころじゃなくね?ヤンキー来たんだから靴どころじゃなくね?
部員達とヤンキー達でいろいろ話し始めた。あの小さい人は宮城という名前で、あのロン毛は三井というらしい。そして宮城くんは三井(ヤンキーだからくん付けする必要もないと思うので呼び捨てする)と前に喧嘩を起こしたらしく、なんか今日はバスケ部をめちゃくちゃにしに来たとか。タンクトップのヤンキーが床に唾吐いたり三井がバスケットボールに唾吐いたりしてたら流川が怒って三井にボールを当てかました。意外にやるな流川!そしたら今度は三井が宮城くんのお腹にボールを当てかました。あっ!私は思わず声をあげた。宮城くんは苦しそうにしている。それからヤンキー達の攻撃が始まった。宮城くんが痛いことばっかされてて私は見ていられなくなって思わず目を逸らした。そしたら桜木くんと流川がキレて飛び掛かりそうになったが皆で止めた。やり返したら出場停止になってしまうらしい。だけど安田くんがやられたのをきっかけに流川が怒って竜ってヤンキーと喧嘩になった。流川は勝ったけど頭から血だらだらでやばかった。こんなたくさんの血は初めて見るから私は怯えてしまって震えるしかなかった。それから皆で喧嘩を始めてしまった。ヤンキーが彩子さんを叩いたのをきっかけに宮城くんがキレ、もう止められる人はいなくなった。そしたら途中から桜木軍団っていう洋平くん達が現れた。桜木くんピンチだったからほっとした。ていうか洋平くん大丈夫なのかな…?洋平くん優しいしヤンキーなの見た目だけだし…なんて考えてたら洋平くん達桜木軍団が戦い始めた。洋平くんは三井と戦い始めた。ハラハラしながら洋平くんを見ていたら洋平くんが殴られた。「よ、洋平くん!」私は思わず駆け付けた。


「ばかっ、名字何で来た!」
「だって洋平くん、殴られて…」


洋平くんの口からは血が滲んでいた。私はティッシュを取り出して洋平くんの口元を拭こうとしたが、横から拳が飛んで来てそれは阻まれた。


「てめぇはすっこんでろ!」
「わああっ!」


三井の拳は私の腕に当たった。ずきんと痛みを感じて私は殴られた衝撃ですっ転んでしまった。い、いってぇ… 思わず左手で右腕を押さえた。すると怒った洋平くんが殺されなきゃわかんねぇのかと言って三井にまた殴りかかった。私は晴子に引っ張られて体育館の隅に座らせられた。その後のことはよく覚えてない。ただ洋平くんが殴ったり殴られてるのが怖かった。
しばらく俯いて座っていると、急に静かになったから顔をあげてみると、太ったおじさんが体育館に来ていた。あのおじさん知ってる。バスケ部の顧問かなにかのおじさんだ。名前は確か安西。その安西先生が来た瞬間、三井の顔が豹変した。目をかっ開き、口をあんぐり開けて安西先生を見ている。
しばらくの沈黙の後、そして彼は懇願するように、子供みたいに泣きながら言ったのだ。


「バスケがしたいです…」

ああなんだかとても、人間らしくて良い顔だな、なんて場違いなことを思った。




- ナノ -