小説 | ナノ
※特典映像もし…ネタあり















「そろそろ身固めなさいよ」


そう言ってエミナはわたしの前のテーブルに紅茶の入ったマグカップを置いた。ゆらゆらと湯気がたっている。
何かと思えばその話か… わかってるよ、わたしはそう返してから紅茶を手に取ると、そっと口をつけた。猫舌なものだからそっと飲まないと舌を火傷する。


「あ、美味しい」
「もう、聞いてるの?」
「聞いてるよ」


エミナがぷりぷりと怒りだす前にわたしは返事をした。ふうと息をついてマグカップをテーブルの上に置いた。


「で?なんだっけ?身固めろ?」
「そうそう。名前もあともうちょっとで二十代後半だよ?そろそろ結婚しなきゃまずいんじゃないの?」
「いや、無理。わたし結婚する気ないよ」


わたしは端くれでも軍人である。今は特に受け持つ組もなくフリーの教官。だけど間違いなく軍人。結婚なんて考えてないし、考えたくない。まあ今ミリテスとは停戦中だけど…
エミナは不満げにわたしを見たが、知らないふりして持ってきたクッキーを広げた。エミナの部屋のテーブルは広くていーなーなんて考えていると、しびれを切らしたエミナが口を開いた。


「ほらいたじゃないこの前名前に告白してきた人!彼真面目そうでいいんじゃない?あの人、スバルって言ったけ?どうしたの?」
「あー、あいつね。無理無理」
「フっちゃったの?」
「うん。真面目なのはいいけどちょっと根暗過ぎて。ていうか、チョコボの世話係の妻なんてエミナも嫌でしょ?」
「ああ、そうね確かに」


二人してクスクスと笑った。わたしはエミナといる時間が一番気楽で好きだった。
エミナの言う通り、わたしも今年で二十代後半の仲間入りをするわけだが、これが悲しいことにここ何年か彼氏の一人もいなかった。わたしはちょっとその…いわゆる"忘れられない人"が実はいるし、それはそれで構わないのだが、友達が婚期を逃すのを黙って見ているのが出来ないのがエミナである。今日、久しぶりにエミナの部屋で話そうと言われて、わたしは久しぶりだと喜んでやって来た。そして冒頭に至るわけだが。


「でもやっぱりいいよ。結婚なんて。わたし独り身の方が楽だし」
「そんなんだと婚期逃しちゃうわよ?」
「いーの。わたし仕事好きだし、結婚したからって辞めたくもないし」
「辞めなきゃいいじゃない」
「無理でしょ。大体エミナも、イザナくんと結婚したら辞めるんでしょ?」
「何言ってるの?私辞めないよ」
「へ?辞めないの?」
「当たり前でしょ?イザナにも辞めなくていいよって言われたし… 名前と一緒よ。私もこの仕事好きだから」
「へぇ〜…意外。仕事って結婚したら辞めるものかと思ってた」
「考え方が古いよ。名前は」


エミナは笑いながらコーヒーの入ったマグカップに口をつけた。優雅にコーヒーを飲むエミナを、様になるなあ…とわたしはじっと見た。エミナは美人だ。明るくて生徒に人気もあるし、モテるし、スタイルいいし、わたしとは大違い。わたしは別に大してかわいくもないし、甘党でコーヒー飲めないし、スタイルも良いわけじゃないし、しかも若い頃に戦場で前線に出まくったおかげで身体中傷だらけ、地味だし、別に生徒に人気あるってわけでもないし… こんなんじゃ結婚どころか彼氏の一人も出来やしない。


「わたしもエミナみたく美人だったらなあ… イザナくんみたいなかっこよくて優しい人と付き合えるのに」
「バカ。何言ってるの。名前は可愛いんだから」
「いーよ…どーせわたしは地味だし」
「まったくもう…」


エミナはため息をつくと、ふと席を立った。そして軍服の上着ポケットから紙を出すと、席に戻ってきて、机の上にその紙をわたしの前に置いた。紙に見えたそれは一枚の写真だった。人の良さそうな金髪の男の人が笑って写っている。


「なにこれ?」
「ナオって言うんですって。知らない?」
「誰?」
「私たちと同じ教官。ほら、ずっと前に一回だけ顔合わせたじゃない」
「…あー!いたねそういえばこのひょろい人」
「ひょろい人って…もう」
「で?この人がどうしたの?」
「名前のことが気に入ったみたい」
「は?わたしを?」
「うん。付き合いたいんだって」


馬鹿じゃないのか。ていうか大体エミナ通してじゃなくて直接言えよそういうことは。はい却下。わたしは写真を押し返した。


「ダメ。却下」
「ええー、なんでよ」
「こういうのは直接言わなきゃダメでしょ」
「…名前って意外と厳しいよね。そういうところ」
「いーの。ていうか言ったでしょ。わたし結婚する気ないって」
「なんでそんなに結婚したくないの?もしかしてまだアイツのこと好きだったりして」
「えっ…」


いきなり核心を突かれて思わず黙ってしまった。あ、ヤバい。そう思った時にはもう時すでに遅し。エミナは目をかっ開いてわたしを見ていた。逃走しようとしたわたしの手をエミナはがっちりと掴んだ。


「まさかまだ好きなの?」
「あ、いや、あの…」
「名前が男に興味がないのそのせいね?」
「ちょ、勘弁してよ」


話すまで放さないとでも言うようにわたしの手をぎゅーっと握りしめるエミナを見て、わたしははあとため息をついた。
そう、わたしはクラサメが好きなのだった。ずっと昔から。わたしとクラサメは同期で、同じ組だった時から好きだった。最初会った時は無口でとんでもない無愛想な野郎だなと思っていたけれど、時が経つにつれ、クラサメはだんだんと表情が柔らかくなっていって、わたしもそんな彼に気を許していって、わたしたちは仲良くなっていった。そしてわたしはある日を境にクラサメを好きになっていた。それから数年間片思いをした。その後、わたしは他に好きな人が出来たり彼氏が出来たりしたが、結局本気で好きにはなれず、どれも長く続かず、それから結局またクラサメが好きになったのだ。一周して戻って来たような気がする。


「あれ?でも名前、クラサメくんと喧嘩したって言ってなかった?」
「うん。そうなんだよねぇ」
「なんでまた?仲良しだったじゃない」
「…見苦しい話なんだけどね」


はあ、とため息をついて、わたしはエミナにクラサメとした喧嘩の内容を話しはじめた。


















クラサメと喧嘩したのはつい三ヶ月前。わたしはその時、よく戦場に駆り出されていた。他の同期らと比べてわたしは魔力が余っている方だったし(それでも候補生たちほどではないけど)、キャリアもあるということでわたしはフツーに戦力として数えられ、しかも体術がメインのわたしはよく陽動作戦の前線に駆り出されていた。まあ停戦中だから最近そういうことはなくなったが、モンスター退治など、依頼されて戦う場はいくつもある。だからわたしは三ヶ月前まで戦場によく駆り出されていた。しかしそんなある日、クラサメに言われたのだ。「お前はもう戦場に出るな」と。わたしはその言葉がショックだった。わたしはショックを受けて、悲しみ、そして怒った。何故わたしがそう感じたのか、それは約8年ほど前にさかのぼる。当時候補生でバリバリ現役だったわたしは、前線によく出て活躍していた。当時はコンコルディアと争っていたから、戦場にはちょくちょく駆り出されていた。そんな若かりし頃のわたしに、クラサメが言ったのだ。


「お前は強いな。よかったらこれからも一緒に戦ってくれ」


若かったわたしはこのクラサメの言葉にドキューンと心を貫かれた。つまり惚れたのだ。もともと無愛想だったのが表情が柔らかくなり、ちょっといいな〜なんて思ってたから、不意にそんなことを言われたわたしはもう大爆発した。それからわたしはクラサメたちの朱雀四天王と比べれば全然だがそれなりに活躍していった。クラサメのあの言葉がかなりぐっと来ていたから。そして8年経った今でもわたしはそれを忠実に信じて従おうとしていた。もう魔力の少ないクラサメは知識を教える教官として、まだ少しは戦えるわたしは戦場に出て、わたしとしてはそれぞれのやり方で一緒に戦っているつもりだった。それなのに先程の言葉を言われたわたしは怒り、そして怒鳴った、ふざけんなあんたにそんなこと言われる筋合いなんてない、と。とまあこれが理由なのだが、些かこの話は当人のわたしですら見苦しい気がした。8年も前に言われたことをいい歳して気にして従って、フツーに忘れているであろうクラサメに怒って。一緒に戦ってるもんだと勝手に思い込んで勘違いして。きっとクラサメはわたしがもういい歳だしさすがにもう辞めた方がわたしによかれと思って言っただけなのに。これじゃまるで子供だ。ほんとバカみたいだ。わかってはいるものの簡単にはわたしの考えは変わらなかった。


(ほんと、いい歳してなにやってんだか…)



















「つまり八つ当たりじゃない、それ」
「そうかもね」
「結局それでどうしたの?」
「任務には就いてない。なんか今さらだけどバカらしく思えて来ちゃって」
「もう、なんでそんなつまんないことで喧嘩してるの?早く謝って仲直りしてきなよ」
「出来たら苦労しないって。ていうか恥ずかしくて顔合わせづらいし」
「なんで恥ずかしいの?八つ当たりしたから」
「そ」
「名前、なんか子供みたい」
「わかってるよ」


わたしはため息をついた。本日二度目である。エミナはため息つくと幸せ逃げるよと言ってきたが、いい歳して子供っぽくて好きな人に八つ当たりして嫌われたかもしれないわたしは今更幸せなんてどうでもよく感じてもう一度ため息をついた。















エミナの部屋から自室へ帰る時、知り合いの教官に呼び止められた。


「なに?」
「またちょっと出て欲しい任務があるんだが…」
「えぇ、わたしもう任務就かないって言ったじゃん」
「いや実はさ、コルシの近くにヘビモスが住み着いたんだけど、討伐に行くはずだった主力の候補生が風邪引いちゃってさ。頼むよ。教官で戦えるの君くらいしかいないんだ。依頼人も待たせちゃってるし」


そう頭を下げる知り合いに、わたしは断るという選択肢を選ぶことが出来なかった。わたしはため息をつくと、しょうがないなあ、と切り出した。


「それ、いつ?」
「やってくれるのか!?」
「誰かがやらなくちゃいけないんでしょ」
「いやあ助かるよ!じゃあこれに日常と場所書いてあるから。当日は俺も途中まで一緒に行くし、安心してくれ」


じゃあ俺はこのあと用事あるから、と知り合いはわたしに書類を渡すと忙しそうに去っていった。あいつも大変だな。わたしは知り合いに同情しつつ、書類に目を通しながら廊下を歩いていった。うわ、これ明日か。候補生と訓練生も何人か連れてくみたいだけど、一応ポーション持っていかないとなあ。あ、引率の教官誰だろ。前を見ずに書類に集中しながら歩いていたらドンと誰かにぶつかってしまった。


「っわ、ごめんなさ…」


慌てて謝りながらぶつかってしまったその人を見た瞬間、わたしは心臓が跳びはねたのを感じた。


「く、クラサメ…」
「あぁ、名前か」


まさかのクラサメだった。ただでさえ気まずくて会いたくないのに戦場に出るなって言われたくせに手に任務の書類持ったままクラサメに激突とか最悪すぎる。わたしは慌てて書類を裏返してクラサメに文面を見えないようにした。しかしわざとらしかったらしくクラサメが首を傾げてわたしの手元の書類を見たので、わたしは慌ててクラサメに話を振った。


「あ、えっと、久しぶり」
「…久しぶりだな」
「これから授業?」
「そんなところだ」
「そっか。頑張ってね」


なんとなく気まずい空気になりそうな気がして、じゃあわたし用事あるから、とその場を去ろうとしたらクラサメに待てと呼び止められた。


「なに?」
「お前の持ってるその書類、任務のか?」


心臓が跳ねた。体中から冷や汗が出た。わたしは焦って書類をギュッと握った。ヤバいヤバいヤバい。任務出るなって言われたそばからなに任務の書類持ってんだとか思われてる。これは怒られる。クラサメは怒るとクソ怖いから怒らせたくない。わたしは慌てて言った。


「あ、ち、違うよ、これは任務じゃなくて、その、組の引率についての書類。ほら、わたしもそろそろ組ぐらい持ちたいなあって思って」
「…見せてみろ」
「えっ」


まさかだ。これはもう逃げられない。なんかクラサメ怒ってる雰囲気だし、わたし今完全に崖っぷちに立たされてる。わたしは戦うのは無謀だと判断し、逃げるコマンドを選択した。


「わ、わたし用事あるからじゃあね!」
「お、おい!」


わたしは逃げた。それはもう無理矢理に。次に会ったら多分わたしはボコボコにされるであろう。わたしは廊下を走りながら(ほんとはやってはいけない)またクラサメと会わないようにするにはどうやったらいいか考えた。今のところクラサメと会わなければならないような仕事はないし、フツーに過ごせば運良く会わない…なんてことはないかもしれない。いやしかしわたしもクラサメも同じ魔導院な訳だし、ここ三ヶ月はクラサメが授業やら生徒の訓練やらで忙しそうだったしわたしもここのところ事務作業ばっかりのインドアだったからたまたま会わなかっただけで多分これからわたしがまた討伐任務請け負ったりしたらばったり魔導院で鉢合わせ、なんてこともありそうだ。いやでも今回の任務をこなしてから事務作業やってればなんとか会わずに済みそうだし、よしなんとかなるか。わたしは自室まで走り終えると書類に目を透した。あ、ポーション買うの忘れた。