小説 | ナノ
名前と初めて会ったのは俺が0組に入った時だった。上に潜入して来いと言われたから入った0組だったが、俺はあっさりと0組に潜入捜査をばらした。正直真面目にやる気なんかねーし、第一0組にそういう秘密を隠したくないし。まあそんな状況で俺は名前と初めて出会ったのである。実は前々から姿だけは見かけていたのだが、こうやって正面きって会うのは初めてだった。俺は別に運命とかはかけらも感じなく、強いていえば艶やかな黒髪がクイーンと一緒だなと思った。


「よろしくな。あんた名前は?」
「ん、名前です。よろしく」


初めて交わされた言葉も、どちらかと言うと事務的な気がした。なんかどうもその時の名前は挨拶も事務的で、俺の中で名前には"ちょっと冷たいヤツ"というレッテルが貼られた。初めて会った日の会話はそれだけで終わり、俺は名前に対して大した感情はしなかった。重要なのはその翌日だ。俺が廊下を歩いていると、廊下に紙をぶちまけてひとりでわたわたしている名前を見かけた。どうやら結構な量の書類かなにかの紙を落としてしまったようだった。0組付近の廊下には人はほとんど0組たちしか寄らないので、俺と名前以外に廊下には人はいなかった。俺は仕方ないか、と思って近づいて一緒に書類を拾ってやることにした。


「おい、大丈夫か?」
「え?あっ、えと、ナギ!」
「そーだよ。にしてもこんな派手に書類ぶちまけるとは…あんた結構ドジなんだな」
「…ちょっとつまづいただけ」


名前はちょっと拗ねたような顔をした。へえ、意外とかわいーとこあるじゃん。最初会った時は冷たいヤツかと思ったんだけど。まあ言い草はちょっと冷たいが。「ほらよ」俺は集めた書類を名前に押し付けるように手渡すと、さっさとエントランスに向かった。さっき思い出したがちょっと急がなければいけない用事があったんだった。すたすたと廊下を歩いていると後ろから服の袖を掴まれて足を止めた。振り向くと名前が俺の袖を掴んでいた。「どうした?」俺が首を傾げると名前は上目遣いにぼそっと言った。


「…ありがと」


きゅん。…え なに今のなんで今俺きゅんって。俺がちょっと驚いていると名前は走って教室に戻っていった。…今のはちょっと可愛かった。わざとやったんだろうか。俺は一瞬跳ね上がった心臓がまだどきどきしてるのを感じて、落ち着かせるために深呼吸をした。心なしか顔が赤い気もするがこればっかりはしょうがないとエントランスに足を運んだ。
















わたしは花を書いていた。いやこう聞いただけでは意味がわからないかもしれないがわたしは花を書いていた。教室で、授業中に机の上のノートに。わたしはクラサメ隊長の説明を聞き流しながらぼーっと、ガリガリガリガリ…とひたすらノートに花を書きまくっていた。ナギのことを考えながら。さっきナギがばらまいてしまった書類を一緒に拾ってくれたのだけど、なんだか素っ気ない態度を取ってしまったようで気掛かりだった。一応お礼は言ったけどなんかどうも素っ気ないような気がするし…うわああああもうなんでもっと可愛い態度を取れないんだわたし!デュースみたいな素朴な可愛さが欲しい…くそぉ… わたしはよく淡泊とか冷たいとか言われるけれど、実際は人見知りが激しいだけでそうでもない。フツーの女の子だと自負している。何故こんなにもナギのことを気にかけてるのかって言うと、わたしがナギのことを好きってそれだけの理由なんだけど。好きと言うけど、実はさっきの事を除いてナギと話したのはたったの一回。しかも最初の挨拶の時だけで人見知りが激しいわたしはおもいっきし冷たい態度を取ってしまった。今思うとものすごい後悔している。わたし完全に冷たいと思われてるし…うう。たったのそれだけしか話したことないのに何故好きかと聞かれると、時は少し前にさかのぼり、あるミッションをわたしがこなしていた時。敵に不意をつかれ、危なかったところをナギに助けてもらったのだ。王道なのかもしれないが、その時のナギがものすごいかっこよくて、わたしは柄にもなくどきっとしてしまった。それからというものナギのことが気になって気になって…気づいたら好きになっていた。だからいつから好きとかははっきりしない。ノートの隅にちょこっと書いてた花が時が進むにつれ量が増えていき、今では花はノートの3分の1までをも埋めつくしていた。ガリガリガリガリガリガリ… 花を書きまくっていると隣のジャックがぎょっとしたように声をかけてきた。


「え、名前どうしたの頭おかしくなったの?」
「…あ、いや別に…」


わたしは手を止めた。ジャックを見ると彼はわたしを(何この子どうしちゃったの)という目で見ていた。わたしはまじまじと書いた花の量を見てさすがに書くのをやめた。いつの間にかおびたたしい数の花はノートの半分にまで到達していた。ジャックが驚くのも仕方ないな。これくらいなら消しゴムで消せるか。


「どんだけメルヘンなこと考えてたの」
「いやメルヘンっていうか…いやなんでもない」
「なにそれ気になる〜」
「や、別にたいしたことないから」
「ふ〜ん。でも気になるなあ。何考えてたの?」


わたしは少し悩んだ。ジャックに話すのはなあ… こいつ口軽そうだし。いやでもジャック詳しそうだなあ。まだジャックが何考えてたのとうるさいので話すことにした。


「あのさ」
「うん」
「……ナギのこと考えてた」
「え?なんで?」
「…実はさあ、好きなんだよね」
「えっ…えええっ!」
「バカっ声でかいっ」


わたしは慌ててジャックの口を塞いだがもう遅かった。クラサメ隊長がこっちを見ている。いや睨んでいらっしゃる。完全に嫌な予感がした。昔から嫌な予感に限って的中した。今回も例外ではなく大当りした。わたしはジャックと一緒に放課後残って課題をやらされていた。本来この課題の締め切りが明後日なのだが、ジャックが授業中に騒いだおかげでわたしたちだけ締め切りが今日に変わった。わたしは前からちょこちょこやっていたので別に大した負担にはならなかったが問題はジャックだ。彼は課題をまったく一切やってない。むしろ課題ってなんのこと〜?と言い出すぐらいだ(その後探したらジャックのバッグの底で発見した)。なのでわたしは自分の課題が終わったというのにジャックの課題の面倒を見ていた。どうもジャックを無視して帰れない。


「なにこれ〜?初めて見た」
「いやこの前やったでしょこれ」
「あ!多分その時寝てたかも〜」
「…そうですか」


考えてみれば授業を真面目に受けるジャックを見たことがない。寝てるか誰かに話しかけているかはたまた授業自体出ていないかのいずれかだ。わたしはため息をついた。これは長くなりそうだ。


「名前の写させてよお」
「ダメ。文章問題だから同じこと書いたらすぐバレる」
「ちぇっ」
「他のは写していいからほらはやく」


わたしが書くと文字でばれるのでジャックが書くしかない。ジャックが合っている答を書くと逆に不自然なので問題も適度にわざと間違えさせて書かせた。しばらく書かせていると、ジャックが唸りだした。


「も〜だるい〜疲れた〜」
「あとちょっとじゃん。頑張りなよ」
「名前って冷たいようで優しいよね〜。なんやかんやで面倒見良いし」
「…褒めてもなにも出てこないよ」
「えへへ〜」


ニコニコしながらジャックはわたしの頭をぽんぽんした。わたしがジャックの手を掃おうとペンを机に置いた時、ちょうどドアの開く音がした。見るとドアの前にナギが立っていた。目を丸くしたナギと目が合う。わたしは焦った。これじゃジャックとわたしがイチャイチャしてるように見えるじゃないか。「あ、ナギじゃん」アホのジャックがわたしの頭に手を乗せたままナギの名前を呼んだ。わたしはジャックの手を振り払った。


「二人ともまだいたんだな」
「あ、うん。課題終わってなくて」
「も〜疲れたよ〜。名前ってばスパルタ〜」
「ジャックがバカなだけでしょ」
「…仲良いんだな」


はっ!しまった墓穴掘った!ナギは教卓上にあった書類の束を持つと、「じゃあ俺はちょっと用事あるから」と言って(邪魔して悪かった)という顔をして教室を出て行こうとした。違います違います誤解していますナギくん!わたしは慌てて言った。


「あのっ、別にわたしたちそういう関係じゃないから!」
「…そうなのか?」
「そうなのです!」


興奮して喋り方がおかしくなった。ジャックが何その喋り方〜とけらけらと笑っている。うるせぇ元はといえばお前のせいだぞと殴りたくなったがナギの前だから我慢我慢。だけどそれで我慢するのも腹立つのでわたしはナギに見えないようにジャックの足を蹴っておいた(ジャックが痛い痛いと訴えて来たが無視した)。


「とにかく違うから!ジャックの課題の面倒見てあげてるだけだから!」
「わかったわかった。わかったよ。でも俺ちょっと用事あるから、またな」


ナギは笑いながら教室を出ていった。誤解は解けてよかったけどどうも腑に落ちない… とにかくジャックにもうひと蹴りしておいた。
















名前に話し掛けられた。クラサメ隊長に言われて書類を取りに教室に行ったら名前とジャックが仲よさ気に課題してて、ジャックに嫉妬した。ちょうどジャックが名前の頭を撫でているところだったし、俺は嫉妬というよりイラッとした。もしかして付き合ってるのかあのふたり。そう考えた瞬間俺はショックを受けた。いやでもだって俺名前好きじゃないし…?いやこれは好きなのか?これは好きの範囲内に入るのか?いや名前は確かに可愛いけど…って何考えてんだ俺。とにかく俺はさっさとこの場から立ち去りたかった。書類を持って教室を出ようとすると名前が俺に声をかけてきた。


「あのっ、別にわたしたちそういう関係じゃないから!」


びっくりして聞き返すと肯定が返ってきた。あたふたとジャックと教室にいる理由を述べる名前の慌てた様子が可愛くって仕方ない。俺はなんだか嬉しくなって笑ってしまった。もう少し名前を見たい気分だったが、クラサメ隊長に書類を任されているから行かなければならなかった。名残惜しく教室を出た後、俺はなんだか機嫌が良くなって、ふんふん鼻歌を歌いながら歩いた。さすがにエントランスに着いた時にはやめたが。