小説 | ナノ
肩を強く押されて倒れた。頭がぼうっとして打ち身も取れなかったが、幸いわたしが倒れたところにはクッションがあったので強かに頭を打つことはなかった。彼もきっとそれがわかっていてわたしを倒したのだろう。けど床に身体を打った衝撃は少し大きかった。一瞬頭がぐわんとして思わず目を閉じた。再度目を開けるとキングの顔が視界いっぱいに広がっていた。「キ、」名前を呼ぼうと口を開いたが、それは彼の唇によってふさがれた。わたしが柔らかい唇の感触を感じていると、すこし遅れて口内にキングの生暖かい吐息が入ってきてどきりとした。舌が入ってくるのかと覚悟していたが、そうはならずに唇は放れていった。ある種の物足りなさにわたしは無意識に少し口を開いてしまう。わたしはぼうっとしながら目の前のキングを見つめた。
―――何故彼はわたしにこんなことをするのだろう?
キングとわたしは特別仲の良いというわけでも、ましてや恋人というわけでもない。ただ同じ魔導院の、同じ候補生で話したことがあるというだけだ。ただの友達であったはずのわたしたちの関係が、どうして今の状況を作り上げてしまったのだろう。わたしたちはこんな関係じゃなかったはずだ。盛られた薬のせいで、頭が上手く回転しない上に、力が入らなくて抵抗も出来ない。ただキングの行為を受け止めるしか出来なかった。わたしの頬にキングの手がそっと触れたと思うと、優しく抱きしめられる。ちょうどわたしの耳がキングの唇に触れた。


「すまない」


わたしの耳元で空気を震わせたキングは、脅迫でも歓喜でもない、謝罪を口にした。暖かい吐息が耳に触れる。すると耳にぬるりとした生々しい感触がして、わたしはびくりとした。少ししてからキングがわたしの耳を口でくわえたのだと気づいた。今まで感じたことのない感触にぞくりとした。耳を食むのをやめたかと思うと、今度は首を嘗められる。これも思わずぞくりとする熱い感触だった。「あぁ…」自分の声じゃないみたいな声が漏れた。なんとなく自分がやらしいような気がして少し恥ずかしく感じた。


「死ぬ前に、抱かせてくれ」


抵抗も出来ないまま、服が脱がされていった。わたしは彼の名前を呼ぶことしか出来なかった。それも薬のせいで舌足らずで十分じゃない気がした。死ぬ前に?そういうことかとわたしは嘲笑いたくなった。わたしたちは戦争に駆り出されている兵士でもあるが、同時に少年少女でもあった。お年頃の少年少女が、死ぬ前に経験したいというのは、ある意味当たり前だ。するとちりりと首元に焼けるような感覚があった。キングがわたしの首元に顔を埋めているのを見て、吸われたのだとわかった。赤い花が咲いたのだろうなと場違いにも上手いことを考えた自分自身がずいぶん馬鹿らしく思えて笑い飛ばしたくなった。


「好きなんだ」


キングの言葉がわたしに刺さったような気がした。理解出来ない。さっとキングの目を見ると、なにかを慈しむような優しい瞳でわたしを見つめていた。
―――見たことのある目だった。
それは、わたしを戦争に送り出すわたしの母そのものの、いや、もっとそれ以上のものだった。それは親が子供に向けるものと似ているようで違う。子供が親に向けるものと似ているようで違う。もっと深く、辛く、幸せを感じられるもの。
それに気づいた時、わたしの心臓は跳ねていた。押し付けられた唇が異常に熱い気がした。

本当なら、ほかの形で伝わるはずだったそれは、ひどく乱暴な形で伝えられた。それはきっと彼だけじゃない。他にもそうするしかなかった少年少女はたくさんいるのだろう。けれど、悪いのは彼らなのか、はたまた戦争なのか、感覚が麻痺したわたしにはわからなかった。






It's love./キング
20111209