小説 | ナノ
とにかく誰かに電話することにした。一番最初にケイトに電話したが、出ない。ケイト朝弱いから多分まだ寝てるんじゃないか。二日酔いだろうし。次にジャック。ジャックは3コールほどで出た。


『もしもしぃ〜?』
「あ、もしもしジャック?」
『うん…どしたの?』
「いやあのさあ、昨日途中で帰っちゃったっしょ?」
『うん。あ!てかさ、昨日どうだったの?』
「え?」
『だからさあ〜、ナインと!どうなったのさあ』


ジャックがにやにやしてるのが電話ごしでもわかった。やっぱり昨日そういう雰囲気をかもしだしていたらしい。わたしはあちゃーと思いながら、ジャックに答えた。


「あのさ…わたし昨日のことぜんっぜん覚えてないんだよね」
『え…ええっ!まじぃ?』
「う、うん」
『えっ、じゃあさじゃあさ、やってないの?』
「あ、それはその…したみたいだけど」
『なんだぁ〜じゃあいいじゃん』
「よっよくないよっ!」
『なんで?ナイン好きなんでしょ?』
「す、好きだけどさあ… ってそうだあのね、なんか知らないけどナイン怒って帰っちゃったんだけど」
『?なんで?』
「わかんない。昨日のこと覚えてないって言ったら帰っちゃった」
『ああ〜…なるほどなるほど』
「えっなにその反応」
『いや別に』
「えってか昨日なにがあってこんなことになったの」
『うーん…えと、とりあえず最初に名前が酔った後ナインが酔って、』
「うん」
『ふたりでいちゃいちゃし始めた』
「え…?」
『だから帰っちゃった』
「えっなにそれわたし覚えてないんだけど」
『でもほんとにいちゃいちゃしてたよ〜。抱き合ったりほっぺにちゅーしたり』
「ま、まじすか…」
『うん。僕このあとバイトだからまあ頑張ってね〜。バイビー』


一方的にそう言われてぶちっと電話を切られた。なに最後の。つかやっぱしちゃったの知ってるんだジャック… ってことは他のみんなも知ってるってことだよね。うわあああ恥ずかしい。とにかく次はキングにかけてみる。キングはすぐに出た。


『もしもし』
「もしもしキング!?ねーちょっと聞いてよ!」
『なんだ。…というかお前ナインはどうしたんだ』
「あ、やっぱりそれ聞くんだ」
『なにかあったのか?』
「いやさあ、怒って帰っちゃったんだけど」
『?なんでだ?』
「いやあのね、わたし昨日のこと覚えてなくてさ、それ言ったら帰っちゃった」
『………』
「えっどうしたの」
『いや…お前本当に覚えてないのか?』
「う、うん。あ、でもあの、しちゃったっぽいのはわかってる」
『それは知ってる』
「えっ知ってるんかい」
『ああ。…昨日の、深夜にな、ナインからメールから来てたんだが』
「え?なんて?」
『……』
「いや黙らないでよ」
『…ナインは、昨日の夜お前に告白したらしいぞ』
「へ?」
『お前はそれを了承したらしい。ナインからそんな感じのメールが来ていた』
「え、ちょ、ちょっと待って!それってナインが、その、わたしのこと好き的なそういう…?」
『そういうことだろうな』
「………」
『覚えてないのか?』
「…まったく」
『ナインに連絡してやれ』
「そうします」


それでキングとは電話を切った。わたしはどうやらとんでもない事を忘れてしまったらしい。
ナインが、わたしのことを、好き。本当だろうか。本当だったら、嬉しい。ほんとに嬉しい。じわじわと胸の奥から喜びの感情が溢れ出してきた。身体中が浮き立つ。なんだかにやにやしちゃって、顔が緩みっぱなしになる。思わず両手で自分の身体を抱きしめた。嬉しくて、嬉しくて暴れだしたい気分だ。この半年間、どれだけナインを想ってきただろう。想って泣いた日もあった。ずっと好きだった。わたしは嬉しくて暴れだしたい気持ちを抑えて、とにかくナインに連絡しようと思ったが、お風呂に入ってないことに気付いた。ナインとの行為の後だったので汗で身体がベタベタしてる気がしたし、先にお風呂に入ることにした。わたしは着替えとバスタオルを取ろうと寝室に向かった。寝室に入ってからベッドのシーツがぐちゃぐちゃになっているのが目に入った。ついでに洗おうとシーツを回収していると、ふとベッドの横のごみ箱が目に留まった。ごみ箱の中にピンク色の、なにかよくわからないものが入っている。目を懲らしてよく見てみると、わたしはそれがなにかわかって恥ずかしくなった。それはおそらくナインと使ったであろう避妊具だった。生々しいそれにわたしは思わず目を逸らした。これはあとで片付けよう。処女ではないものの、ここ一年ほど性交などしてなかったので、使用後の避妊具を見るのはやはり恥ずかしい気分になった。とにかくお風呂に入ろう。わたしはバスタオルを手に取った。
お風呂から上がって部屋で髪の毛を乾かしていると、ドライヤーの音で掻き消されていて音は聞こえないが、携帯が光ってるのを見て携帯が鳴っているのに気付いた。色から見て着信だ。ケイトかな。さっき電話したから。わたしはドライヤーを止めると、携帯を開いた。(あれ?)携帯に表示された名前はケイトではなくキングだった。わたしは首を傾げながら通話ボタンを押して耳に携帯を押し当てた。


「もしもし?」
『名前か』
「うん。どうしたの?」
『お前ナインには連絡したのか?』
「や、まだこれからだけど。なんかあったの?」
『お前の彼氏が俺の家に来た。迎えに来てくれ』
「わたし彼氏いないんだけど」
『…ナインのことだ。あいつお前が完全に酔った勢いで告白をOKしただけだと思ってるぞ。そのことを愚痴りに来たようだが正直ウザい。俺はこれから彼女とデートなんだ』
「ちょっと待てや。お前いつの間に彼女出来た」
『とにかくこれ以上家にいられたくない。今ナインは風呂入ってるから良いが、出てこられたら面倒だ。俺はその間に抜け出す。だからお前ナインを迎えに来てやれ』
「無視かよ。つかなんでわたしが行かなきゃいけないの」
『携帯より直接会って話した方がいいだろ。俺はもう出る。じゃあな。ちゃんと迎えに来いよ』


ブツッ。ツー、ツー、ツー…
一方的に電話が切られた。なんかデジャヴュなんだけど。つかキングいつの間に彼女出来たんだよ。さりげなくモテやがってツーブロめが。わたしはキングを愚痴りながらも、ナインのことを考えた。どうやらわたしはキングの家にナインを迎えに行かなければならないらしい。…まあナインいるからいいっか。別に。わたしはドライヤーで再び髪を乾かし始めた。いつの間にかわたしはキングの愚痴ではなく、何を着ようかとか、髪型はどうしようと、鼻歌を歌いながら考えていた。













キングの家からわたしの家まで約5分弱ほど。キングとはいわゆる幼なじみというやつで、小学校から大学までずっと一緒だ。わたしが大学の近くのアパートに引っ越して一人暮らしを始めた頃、キングも近くのアパートで一人暮らしと聞いた時は驚いた。小学校の頃からも家が近かったので、これはもう腐れ縁としか言いようがない。まあだからキングは単純に幼なじみだけではなく、幼なじみ兼腐れ縁兼悪友だ。お互い昔から一緒なので言葉にも行動にも容赦がない。普通にキングはわたしを殴るしわたしもキングを殴る。回し蹴りしたこともあるしラリアットされたこともある。そんな仲だ。
そんな幼なじみ兼腐れ縁兼悪友の家に向かっている訳だが、目的はキングではなくナインだ。家に近づくにつれなんだか緊張してきた。ナイン怒ってんだもんなあ…ちょっと怖いし、ちゃんとわたしも好きって言えるか不安だし… と思っていると家に着いてしまった。考え事をしながら歩く5分は短い。家には着いた。目の前にはドア。あとはチャイムを鳴らすだけだ。ドキドキしながら、ゆっくりとチャイムを鳴らした。ピンポーン、典型的なチャイムの音の後に、どたどたと騒がしい足音が聞こえてきたと思うとドアがガチャリと乱暴に開いた。


「オラァキング!てめぇ逃げてんじゃねー…ぞ……」


出て来たのは部屋着のナインだった。どうやらわたしをキングだと思ったらしく怒鳴りちらしながらドアを開けたが、わたしの姿を見るなりわたしを凝視しながら固まってしまった。ばっちり目が合っている。わたしは気まずく感じながらも、引き攣り笑いをしながらとにかくなにか言おうと口を開いた。


「こ、こんにちは〜…」


完全に言葉のチョイスをミスった。ヤベーと思いながらナインと目を合わせていると、ナインがいきなりドアを閉めた。顔面すれすれにドアが横切って鼻をぶつけそうになった。一瞬の間の後わたしははっとした。


「え、ちょ、開けないかナイン!」


わたしは慌ててドアをガンガン叩いた。ここまで来てそれはないぜ…!するとドアがいきなり開いた。まるでお約束のようにドアはわたしの額を直撃した。わたし学習能力ないんだろうか。それにしてもデジャヴュ… だが今度はナインが力いっぱい開けた上に玄関の金属製のドアなので前の事故とは訳が違う痛みだった。「いっ…」わたしは思わず額を抑えながら俯いた。頭がぐわんぐわんした。ガチで目に星が散った。


「!お、オイ大丈夫か!」


ナインの声がした。なんか言ってるがわたしは俯いてる上に額の痛みでそれどころじゃなかったのでなんて言ってるかよく聞き取れなかった。マジ痛いデコ割れる。涙が出そうだったが化粧が落ちるのが嫌で必死に堪えた。ちょっとすると痛みは引いていった。だけどまだ額を押さえていると、わたしの手になにかが触れた。見上げるとナインがわたしの手を退かしていた。ナインはあわてふためきながらわたしの額に優しく触れた。


「わ、わりぃ…!マジ大丈夫か?血とか…傷ついてねぇか?」


なんかほんとデジャヴュだなあ。なんだかおかしくなってわたしは笑ってしまった。するとナインが「な、なに笑ってんだ」と言ってきた。わたしはくすくす笑いながら言った。


「ううん、なんでもない」
「つかお前痛くねぇのか?」
「もう平気。痛くないよ」


わたしが言うとナインはほっとした顔をした。わたしはまだちょっと笑いながら、「とりま中入れてよ」と言うとナインは「お、おう」と中に入れてくれた。まあここ人ん家なんだけど、キングん家だから遠慮がない。わたしとナインは家に入るとテーブルを間に向かい合うように座った。


「てかキングは?」
「なんかどっか出かけちまった。つか名前なんでキングん家来たんだアァン?」
「あ、いや…ちょっとあの、ナインと話そうかと」


会話がなくなるなが怖かったので、わたしはわかりきっていることをわざと聞いた。ナインは普通に答えてくれたが、すぐ本題に入ってしまって焦った。ナインは目を丸くした。


「アァン?俺にかよ?」
「うん。…あのその、昨日のことなんだけど」
「!」


ナインの表情が明らかに変わった。わたしはナインの視線が恥ずかしく感じた。まともにナインの顔が見れない。わたしが口を開かずにいるとナインから話しかけてきた。


「思い出したのかよ?昨日のこと」
「あ、いや、キングに聞いた」
「あいつ…」


気のせいかナインの横顔が赤い気がした。もしや照れてる…?それゃそうか。告ってしまった(しかもフラれたと思ってる)のを知られたら恥ずかしいに決まってるか。


「で?」
「え?」
「え?じゃねーだろうがコラァ。俺と何話しに来たんだアァン?」
「あ… えと、昨日その、した時に、ナインがわたしに告った…でいいんだよね…?」
「……おう…」


告白されたことってあんまりないから、言うのが恥ずかしい。しかも昨日したこととか、口に出すのが言いにくいし恥ずかしい。それはナインも同じようだった。わたしもだろうけど、頬が紅潮していた。


「わたし覚えてなくて、でもキングから聞いたんだけど」
「……」
「それで、ええと…」


一番大事なところでやっぱり尻込みしてしまう。両想いなのはわかっているけど、告白はやっぱり勇気が要る。わたしは気が小さいので余計だった。恋愛感情としての好きという一言が、どれだけ重いのか実感した。わたしがもじもじして口を開こうとしないのに痺れをきらしたナインがいきなり「だーっ!」と叫んで立ち上がったからわたしはびっくりした。


「さっきからなんなんだアァン?なにか言いたいならさっさといいやがれコラァ!馬鹿にしてんのかァ!」
「ち、違う!」
「じゃあなんだコラァ!」


ナインは怒ったように早口でわたしをまくし立てた。座ってる背の低いわたしに、立ち上がった長身のナインが大声で突っ掛かると、わたしから見たらものすごい迫力なので、かなりビビる。ナインは基本喧嘩腰だし、見た目(いや中身もなんだけど)ヤンキーだし、とにかく気の小さいわたしはビビる他ない。しかしここで下がってしまってはわざわざキングん家まで来た意味がないし、両想いを無駄にしてしまう。下がる訳にはいかない。わたしは半ばやけくそで叫んだ。


「好きなの!」
「は?」
「だから好きなんだってば!覚えてないけどナインが元々好きなんだってば!」


恥ずかしくて俯きながら叫ぶように言った。ナインの顔を見ながらこんなこと絶対言えない。すると座り込むような音が聞こえて、顔をあげてみるとやはりナインがぽかっとした顔で座り込んでいた。


「お前、いま何つった…?」
「あ、いや、だから、…す、すきって言ったと思うんだけど…」
「…お前が?俺を?」
「うん」
「ガチで?」
「うん」


ナインは手でこめかみを押さえると固まってしまった(顔は見えないが耳が真っ赤だ)。やはりわたしは恥ずかしくて暴れたい気分になった。なんかほんともう、ウキャーって感じで。衝動を抑えるためにわたしは自分の服をぎゅうっと握りしめた。ナインが動かないのでわたしは仕方なく話しかけた。


「あの…ナイン?」
「……」
「おーい… ナイン?」
「やべぇ」
「え?」
「嬉しすぎてやべぇ」


顔をあげたナインの顔は真っ赤だった。あ、なんか、かわいいなあ。不本意にもきゅんとしてしまった。するとナインがまたいきなり立ち上がって、わたしの隣に移動するとどかっと胡座をかいて座った。え なにどうしたのとわたしが言おうとしたらナインがいきなり抱き着いてきたからわたしは驚いた。厚い胸板と温かい体温に、わたしは胸が高まるのと、ぼっと体温が上昇するのがわかった。


「え ちょ なに どどどどうしたの」
「いやもう抑えきれなくてやべぇ」
「いやいやいや抑えてよていうかなにこれなんなのこれ恥ずかしいんだけど」


わたしはあわてふためいてナインを引きはがそうとしたけど如何せん力が強くて引きはがすのは難しい。それよりも嬉しい気持ちが強くって手に力が入らない。ナインが強くわたしを抱きしめるせいでわたしは後ろに反り返るような状態になった。この体勢はちょっと辛い。さらにナインが力を入れたのでわたしはさすがに根をあげた。


「な、ナイン、痛い」
「あ、わりぃ」


やっとナインが放してくれ、ようやく楽な姿勢をとれた。ナインから解放されたわたしは必然的にナインと向き合う形になった。少し照れ臭くてナインの目を見ないようにしながらわたしはナインと向き合った。


「…これってもう俺ら付き合ってんのか?」
「あー…どうなんだろ。付き合ってんじゃない、かな」
「実感わかねぇな」
「そうだね」
「つぅかお前いつから俺のこと好きだったんだ?」
「あ、えと、半年くらい、かな」
「半年ぃ!?」
「うん」
「俺より前からじゃねーかコラァ」
「え、じゃあナインいつから?」
「確か10月ぐらいに… 多分二ヶ月ぐらいだな」
「短っ」
「うるせぇ」


わたしがくすくすと笑うと、ふとナインが真面目な顔をした。わたしはなにをしてくるのかは予感出来たが、わたしが口を開く前にナインの顔が近づいて優しいキスをしてきた。心臓が跳ね上がりそうなのを抑えながら、わたしはさりげなくナインと手を重ねた。それが合図だったかのように、ナインは角度を変えて啄むように何度もキスした。わたしは黙ってそれを受け止めた。キスが終わると今度は優しく抱きしめてくれる。幸せだなぁ、と実感していると、視界がくるりと回転した。目に入ったのは天井。押し倒されたんだ。わたしはあわてて起き上がろうとするがナインはそれを許さない。わたしに馬乗りしてきた。


「ちょ、ナイン?」
「お前可愛すぎ」
「な、ちょ、マズイってここキングん家なんだけど!」
「知るかコラァ」


押し付けられた唇は嫌じゃなかったけれど、人の家だというのが焦燥感をあおった。そんなの関係ないとでもいうように行為を進めるナインに、わたしは抵抗出来ない。だけど繋いだ手がとても温かく、嬉しく、幸せに感じた。キングん家でこんなことしたら怒られるかもしれないけど、まあ、いいっか。わたしは目の前の幸福を感じながら、そっと目を閉じた。





愛酒主義/ナイン
20111209