ロストガール | ナノ



鬼道の声で皆が校庭に集まってトレーニングを始めた。そんな中で俺は腕立て伏せに集中できないでいた。考え事をしていたのだ。その考え事とはもちろん、桃原のことである。佐久間の話によると彼は体調が悪いと言って保健室にいるらしい。部活には出れると言っていたらしいが、もう始まっているのに来ていないとはどういうことだろうか。早退なら鬼道か誰かにそう言って帰るだろうし、やっぱりまだ保健室にいるのだろうか。どちらにしても心配だ。



「佐久間佐久間」

「なんだよ?」

「桃原、まだ保健室にいると思うか?」

「は?知らねぇよそんなん。あ、でも部活は出るつってたからもう着替えてんじゃね?」

「そっか。わかった」

「ああ。…っておい源田!?どこいくんだよ!」

「ちょっと桃原呼んでくる!」



俺は走りながらそう言った。こんなことして、自分でも重症だと思う。後で佐久間にどんだけ桃原好きなんだよキモいな云々言われるだろうが、ともかく今は桃原が心配だった。俺は保健室に向かった。






保健室には電気がついておらず、誰もいなかった。俺はもう桃原が着替えに行ったと思って更衣室に向かうことにした。廊下は俺以外には生徒も教師もおらず、暗い中で俺の足音だけが響いていた。こうして見ると、朝の騒がしい学校とは別の学校に見えてくる。いつもは男子がたむろしているこの階段も、今は暗く静かで不気味な雰囲気がある。そこで俺は少しぞっとした。正直、俺は怖がりなのだ。幽霊的なものはもちろん、お化け屋敷などというもんに入ったら最後情けないが多分泣くと思う。俺は不気味な雰囲気に幽霊の姿をつい想像してしまい、一気に怖くなった。だ、だめだ怖い。俺は早足で階段をかけあがると、右に曲がった。更衣室はすぐそこだ。俺は更衣室を見てほっとした。更衣室のドアの隙間から灯りが漏れていた。多分桃原だろうが、誰かがいる証拠だ。俺は安心しきって、更衣室のドアノブに手をかけようとして、ぴたりと止めた。今、桃原が中で着替えている。桃原が着替え。そのキーワードが俺の頭をぐるぐると回った。桃原は普段、ほとんど人前で着替えをしない。するとしても制服の下に体操着を着るなどをしていて、体操着の下は他の男はおろか、佐久間や源田すら見たことがなかった。だが今、桃原が目の前の更衣室で着替えている。すると俺の目は少し開いたドアの隙間をとらえた。いや待て。これはいわゆる覗きというやつか?いやいや、俺も桃原も男なんだし、別に覗きとは言わないんじゃないか。気がつくと俺の思考は都合の良いことを考えていた。これは桃原かどうか確認するってだけで、別に覗きでも何でもない。ただの確認だ。俺は自分にそう言い聞かせると、開いたドアの隙間からそっと中を覗いた。中にいたのは案の定桃原で、丁度全身が目に入った。桃原は着替え真っ最中のようでこちらに気づいていない。俺は桃原の姿を見て、思わず声をあげそうになった。



(えっ……!?)



見間違いだろうかと何度も思った。だがそれは見間違いなんかじゃなく、間違いなく現実であり本物だった。何度目を擦っても同じ物が見える。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だまさか!俺はそれが現実だと知るや否や、心臓をわしづかみにされた気分になった。桃原の細い腰の上、胸に、男ならないはずのふくらんだ二つのものが、見えたのだ。嘘ではない。桃原はさらしというのか、包帯か何かを胸に巻き付けている途中だった。確かにああすれば胸がないように見せることが出来る。俺はそこでようやく全てを理解した。桃原が合宿の時、一緒に風呂に入らなかったのも、人前で着替えをしないのも、全て。俺はよろよろと更衣室から離れると、階段を中途半端に降りた。途中まで降りてから、「…あぁ」ようやく安心したような声が出た。そして未だに混乱してる脳で、一番強く思ったことを考えた。



(俺、ホモじゃなかった)



こんな状況でもとりあえずホモじゃなくて良かったと思えるところは自分の長所だと思った。





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