ロストガール | ナノ



やばい。やばい。私は今かなり焦っていた。心臓がどくどくと脈打つ。つう、と冷や汗が頬を伝った。ぎゅう、とスカートをシワができるぐらいに強く握りしめた。今円堂は鬼道じゃないか、と言った。なんで円堂が鬼道を知っているのかとか疑問が頭をよぎったが、そんなことは今どうでもいい。今私が気にするべきなのは鬼道がいるかいないかということだ。身体がガチガチに硬直している。それでも、と私は首を動かして円堂の視線の先を見た。遠目でよくわからないが、確かにそこにはマントを羽織った鬼道らしき人がいた。というかマント着てる時点で鬼道以外の人とは考えられない。十中八九、鬼道だ。ほぼ確信を得てしまい、私が固まっていると円堂があり得ないことに鬼道に向かって手を振った。しかも「おーい」とか大声で叫んでるし!私は大慌てで風丸くんに言った。


「あっあの…!お…私、用事あるから!」

「えっ?」

「じゃっ!」


混乱している風丸くんを無視して私は走り出した。こんな、スカートをはいて女の格好をした姿で会ったりしてもし鬼道にバレたら今までの苦労が全てパーだ。私はとにかく夢中で走った。鬼道には、ぜったいに見つかりたくない。





翌日、私はドキドキしながら登校した。鬼道に会いたくなかった。昨日、多分ほぼ間違いなく後ろ姿を見られていたからだ。昨日、走りながら後ろを振り向いたら鬼道がこっちを見ていたのだ。顔を見られたかどうかはわからないが、結構距離があったから多分見られていたとしてもよくわからなかったんじゃないかと思う。だとしても見られたことには変わりない。だから私は今日、ものすごくドキドキしながら(半分ビクビクしていたが)登校したのだ。少し緊張しながら教室に入る。緊張して教室に入るなんて転校初日以来だ。



「あ!桃原!」

「!…ああ、佐久間か」



名前を呼ばれ、ビクついて振り向くと佐久間がいた。びっくりした。私のそんな様子を見て佐久間は怪訝に思ったらしく聞いてきた。



「なんだよ、なんかあったのか?」

「いや何でもないよ。ちょっと考え事してただけだ」

「ふぅーん…」



佐久間はまあいいか、という顔をすると席についた。深く聞いて来なくて良かった。私がほっとしていると、誰かが静かに私の名前を呼んだ。


「桃原」

「なん、」



だ、とそう言う前に声が出なくなった。振り向くとそこには、今まさに考えていた鬼道がいたからだ。あまりのことに私が何も言えずにいると、「…桃原」もう一度鬼道が私の名前を呼んだ。はっとして慌てて返事をする。



「な、なに?」

「昨日の昼間、どこにいた?」

「き、昨日の昼?…普通に家で、テレビ見てたけど」

「そうか。じゃあ、お前兄妹はいるか?妹か、姉か」

「いやいない。一人っ子だ」

「…そうか」



なんてこった!鬼道は完全に昨日の私を見ていた。しかもどうやら鬼道は昨日の私を、今の男装した私と疑っているようだ。さらにそれを否定したら兄妹がいるか聞いてきた。完全に疑われている。多分円堂から私の名前を聞いたのだろう。だが名字が同じでも性別と名前が違った。どうやら鬼道はそれを聞いてきたようだ。



「今のは忘れてくれ。どうやら俺の勘違いだったようだ」

「は、はあ…」

「なあ!何の話?」



会話に紛れてきた佐久間を鬼道が適当にあしらってる間、私はほっと小さく深呼吸をした。どうやらバレずに済みそうだ。するとふと背中に違和感を感じた。ちりちりと熱い、視線のような。私がくるりと振り返ると、ちょうど席に座っていた源田と目があった。どうやらさっきの視線は源田のようだ。


「どうした?」

「いや、何でもない」


そう言う源田の様子は明らかにおかしかった。なにか、焦っているような慌てているような。上手く表現できないが、おかしいのはわかった。いつもの源田じゃない。私はと首をかしげた。何かあったのだろうか。





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