モノクロ | ナノ


やっぱり鬼道には会えなかった。まあ普通に考えて会える訳なかったんだけど。わかってたけれど期待はしてしまっていた。私はとぼとぼと歩き、歩道橋の柵に腕を乗せて寄りかかっていた。鬼道と話したいという気もあったけど、ただ出かけて外に出たかったのかもしれない。がたんがたん。線路の上を電車が走る。私はぼんやりとその電車を見ながら、鬼道のことを考えた。今何してるんだろうな、鬼道。サッカー部らしいから、部活してるのかもしれないな。そういえばどこの高校か知らないや、有名なのかな、など鬼道のことを考える。昨日鬼道の声かっこ良かったな。少年らしいテノール。アルトというには女性的過ぎて、バスというには男性的過ぎる声。耳で聞くにはちょうど良くて心地よい、なめらかな声。もっかい聞きたいな。なんて思っていると「おい」…あれ誰だ?少し聞いたことはあったけど……いやいやいや、でも、でも、あり得ないだろ!いやでもこのなめらかなテノールトーンは一人しかいない…けどあの、あり得ないだろうけど、やっぱりこの声は。おそるおそる振り向くと、やっぱり予想していた人物がいた。いやちょ、あり得るんですかこんなの!まさかあの鬼道と会ってさらには鬼道が私に話しかけるなんてことが!



「何してるんだ、そんなとこで」

「え、あ、あの…」



うわ、目を合わすなんてできない。予想以上に恥ずかしい。鬼道のゴーグルを見るなんてできるわけない。うわわわ。私が一生懸命顔を反らしていると(自分でもわかるくらい顔が赤い!)鬼道が口を開いた。



「死のうとしてたのか?」

「……は?」

「だったらここで死なない方がいい。電車自殺はかなり痛いらしいからな」

「え、ええっ?ちょっ、ちょっと待ってよ!」



慌てて鬼道を止める。自殺って自殺ってお前!どんな誤解してんだよ。すると私の様子を見て鬼道は首をかしげた。



「違うのか?」

「違います!」

「なんだ。そうか。…そうか良かった」



良かった?まあ確かに目の前で死なれちゃ困るか。目覚めが悪いし。ていうか鬼道、なんでここにいるんだろうか。だって今は夕方過ぎで、学校なんかとっくに終わってるし…あ!鬼道、ジャージだ。ってことは部活か。それにこの歩道橋は駅の近くだし、もしかしたらこの歩道橋は鬼道の帰り道なのかもしれない。



「お前、いつも駅にいる奴だろう?」

「えっ」



びっくりした。だって駅で鬼道のこと意識して見てたのは私だけで、鬼道の方は私なんかには目もくれてないと思ってたから。私の顔なんて覚えてないだろうと思ってたのに…どうやら覚えていたみたいだ。私なんかの顔覚えるなんて鬼道は相当記憶力が良いみたいだ。



「う、うん、そうだけど…」

「名前は?」

「桃原。桃原未来」

「俺は鬼道有人だ」



知ってます、とは言えない。だって鬼道にとっては私はほぼ初対面な人なんだし、だいたい「あなたをスクールバッグに書いてあった名前を盗み見ました」なんて言える訳がない。その後鬼道は色んなことを聞いてきた。家はどこだ、とか学校はどこだ、とか。とにか色々。何で鬼道がこんなに聞いてくるのかはわからないけど、私は内心すごく嬉しかった。だって会える訳ないと思ってたし。話すなんて夢のまた夢かと思ってたから。それに話していたら自然に目を見て話すことが出来た。そしたらなんだか自然に口が開いて、私からも色んなことを聞いた。もっとテンパるかと思ってたけど不思議とそうはならなかった。すると鬼道が紙を取り出して何かを書き込むと、私に差し出して来た。私はとりあえずそれを受け取ると鬼道に聞いた。



「これなに?」

「俺の携帯のアドレスと番号だ」



言われて紙を落としそうになった。きっ鬼道の携帯のアドレスと番号…!すると勝手に手に力が入って、慌てて力を抜いて紙がぐしゃぐしゃになるのを防いだ。



「き、鬼道。これって…」

「お前のアドレスも後で送っておけ」

「あ、うん」

「ああそれと、」



明日から一緒に学校に行かないか?言われてから数秒間、私は放心状態に陥った。数秒後に慌てて返事をすると鬼道は笑ってくれた。「そうか。良かった」…ねえ鬼道、その"良かった"に、私、期待しても、自惚れてもいいかな。まるでモノクロ世界にいるような気分だったけど、これはちゃんと色のついたカラーな世界だ。だけどそのうち、私のモノクロ世界も色づいていきそうだ。そうなったらいいな。いや、きっとそうなっていくだろう。だって私のモノクロ世界に色をつけて明るく照らしてくれたのは他の誰でもない、鬼道なんだから。




- ナノ -