豪炎寺小説 | ナノ


今日はちゃんと部活に出た。桃原と仲直りしたし、ちゃんと練習に集中できるようになったからだ。部活が終わってすぐ、まっすぐ公園に向かった。今日、また会える気がしたから。俺が走って公園に向かうと、公園のベンチに予想していた人物がいた。この前と同じように横顔が夕日に照らされて大人っぽく見えるが、前のような悲しい表情ではなく明るい、凛とした顔をしていた。俺は嬉しくなって、「桃原!」声をかけた。



「あ、豪炎寺」



桃原は振り向くと、俺を見て微笑んだ。俺が近寄ると、「座って」と、隣に座るように薦めてきた。薦めてもらわなくても座るつもりだったので喜んで座った。



「豪炎寺、あのさ」

「なんだ?」

「染岡、断ったよ」



迷いはなかった。付け足すならそんな風だろう。桃原はそんな顔だった。ただ少し悪いことしちゃったな、そんな顔もしていた。俺はふっと笑うと「そうか」とだけ言った。桃原が悩んでなくて良かった。いつの間にか俺は開き直っていた。聞こえは悪いが、自分では良いことだと思う。片思いで良い。桃原が幸せなら、俺はそれで良かった。ただワガママを言うと、気持ちを伝えたい。片思いでいいのだ。君さえ笑顔でいてくれれば。



「ねえ豪炎寺」

「ん?どうした?」

「サッカー、しない?」

「サッカーを?」



桃原を見ると桃原はうん、と頷いた。サッカーを?何故今サッカーなのだろうか。俺が唖然としていると桃原はぽつぽつと理由を話し始めた。



「あんまりね、すっきりしてないんだ。染岡のこと」

「そうなのか?」

「うん。それを守に言ったら、運動するのが良いって言われたから。それですっきりするって。だからサッカーやろうと思って」



そこでああそうか、と納得した。確かに円堂ならそんなことを言いそうだ。相手が桃原なら尚更だろうし。そしてふと、桃原の足元にサッカーボールが置いてあるのに気づいた。桃原に聞くと、「拾った」と実に単純な答えが返ってきた。多分、昼間に遊んでいる小学生のものだ。桃原はボールを持って立ち上がると、「やろうよ」と言った。それに続いて俺も立ち上がった。桃原と少し距離を取ってからボールのパスを始める。桃原とは前に一緒にサッカーをしたことがあるのでなかなか上手いのは知っていた。何でサッカー部に入らないんだろうか。こんなにサッカーができるのなら円堂が黙っていないはずだ。パスをしながらそんなことを考えていると少し遠くにいる桃原が声をかけてきた。


「豪炎寺ー!あのさー!」


少し遠くにいるため、少し大きな声で話さなくてはいけなかった。別に近づいても良かったのだが、桃原が続けてパスをしてきたので大声で返事をした。



「どうしたー!」

「ありがとうー!」

「はあ!?」

「今まで色々心配とかしてくれて、ありがとうー!」



何故今のこの状況でそんなことを言うと思ったが、たぶん照れくさかったのだとすぐに考えついた。パスのコントロールが悪くなってきていたからだ。



「それとねー!」

「なんだー!?」

「それとー!」

「どうしたー!?」

「あの、ねー!」

「だから、どうしたー!?」



遠目なので良くわからないが、桃原はボールをげしげし蹴りながら、「あのさー!」ともう一度叫んだ。



「おい、どうしたー!?」

「修也、くんっ」



思わずボールを明後日の方向に飛ばしてしまった。い、今何て言った?少し声が小さくて良く聞こえなかったが、俺の下の名前を呼ばなかったか?「あ、う、なっ」返事しようとしたがあまりのことに喉がつっかえて上手く声が出ない。俺が硬直していると桃原が慌てた様に言った。



「昨日っ!昨日未来って言ったじゃん!だ、だから私も、し、修也くん、って呼ぼうかなって!」



確かに昨日どさくさに紛れて桃原の名前を呼んだ。だが桃原は何も言わなかったし、特になんのリアクションもしてこなかったから気づかれていないと思っていた。だがそれは思い違いだったようだ。俺が桃原の名前を呼んだから、桃原が俺の名前を呼んだ。嬉しくなる。俺が手を口にあてていると(多分結構顔が赤い)、いつの間にかボールを拾った桃原が俺に近づいて来た。



「修也くん、って呼んでいい?」

「あ、ああ。…いや、」

「え?なに?」

「くんはいらない。修也で良い」



俺が言うと桃原は顔を赤くして、「う、うん」と頷いた。それからしばらくの沈黙。俺は今ものすごく心臓がばくばくしていた。桃原を好きになってからいつもこうだ。恋愛というのは俺が思っていた以上に難しくて辛いものだったらしい。俺はふと、桃原の顔を見てみる。桃原は赤い顔で考え込むように下を向いている。今なら言える気がした。深く欲張るなんてしない。ただ伝えたい。気持ちを伝えることが出来る。それだけで満足だ。そう思って俺は口を開いた。



「「あの、」」



桃原の驚いた顔。多分俺もそんな顔をしているんだろう。すると桃原の方から口を開いた。



「修也く…修也の方から言って」

「いや、桃原からで」

「いやいや修也から」



なんてお互い譲りもしないで話していると、「…修也、は」桃原の方が折れて桃原から話し始めた。



「修也は、好きな人いるの?」

「はっ?」



思ってもいなかったことを聞かれた。好きな人。俺の好きな人は桃原で、今まさにそれを言おうと思ったのだ。俺は少し困ったが、次の瞬間には今度は意気込んで口を開いていた。



「…いる」

「嘘っ。いるの?」

「まあいる。一応は」

「だ、だれ?」

「知りたいか?」

「知りたい!」

「…そいつは、」



言おうとして俺は桃原の特徴や長所、短所を思い浮かべながら桃原に言った。まず優しい。気配りがいい。サッカーが上手い。など、桃原の特徴を述べた。だが桃原はまったく気づいていないようだ。確かに優しい、気配りがいい、などは他の女子にもいそうだがサッカーが上手い女子というと数が限られる。そこでぴんときてもおかしくないんだが桃原はまるで気づいた様子も見せずに「それで?」などと聞いてきた。そこで俺はやっと気づいた。こいつ鈍い。思えば俺は桃原にキスしたこともあった。それでも事故とか何かの間違いとか言い張っているのだ。鈍い。俺はこれ以上遠回しに言っても無駄だと考えて言った。



「それにすごく良い奴で、」

「うん」

「運動もできて、良く笑ってて、」

「…うん」

「少しドジで、でもそこも良くて、」

「うん」

「家がケーキ屋で、円堂の幼なじみで」

「うん。…うん?」



桃原がぱっと顔をあげてぽかんとして俺を見た。その表情に俺は思わず笑ってしまった。俺は笑ったまま続けた。



「すごく、可愛い奴」



桃原は最初頭が混乱していたようだったが、少ししてから顔が苺みたく真っ赤になった。どうやら混乱した桃原の頭でも家がケーキ屋で円堂の幼なじみ=自分=可愛いと理解できたようだ。俺は思わず笑みを浮かべながら、桃原に言った。



「お前だよ」




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