豪炎寺小説 | ナノ
夕方、またあの公園に行くことにした。今日は桃原の事で頭がいっぱいで練習に全然集中出来なかったからその分の練習をしようと思ったからだ。サッカーボールを小脇に抱えて公園に行くと、先客が一人いた。ベンチに一人で座り込み、何をするでもなくぼーっとしている。横顔が夕日に照らされて孤独感が漂っていた。桃原だ。話しかけようと近づくと、桃原の表情がはっきりと見え、どきりとして思わず足を止めた。泣いてる、のか?だが泣いてる痕跡はない。ただ泣きそうな顔をしているのは確かだった。何故だろう、と考えてから思い当たる節が一つだけあった。今日の昼休みの、染岡の事だ。多分それで悩んでいるなだろう。だがあんな表情をするほど悩んでいるのだろうか。桃原のあんな悲しそうな顔は初めて見た。
足を早めて近づくと、桃原が俺の足音に振り向いてようやく俺の存在に気づいた。
「豪炎寺…」
「何してるんだ、そんなところで」
聞きながらさりげなく桃原の隣に座った。ちょっと図々しかったか。だが桃原は気にした風もなく、夕方がある方に向き直った。近くで見ると夕日に照らされた桃原はずいぶんと大人っぽく見えた。だがその顔は悲しみに歪められている。俺は思わず桃原に言った。
「俺で良ければ相談に乗るが」
「…うん」
桃原は頷くと、悲しそうな顔のままうつむいた。何かできることはないかと思って聞いたのだが、桃原の話を聞くことが彼女のためになるのだろうか。
「……今日、染岡に告られたんだ」
「そうか」
俺が小さく頷いて返事をすると桃原は驚いた顔をして俺を見た。
「驚かないの?」
「別に驚くほどのことじゃない。前から染岡の気持ちには気づいていたからな」
これは半分嘘で半分本当だ。確かに薄々だが前から染岡の気持ちには気づいていた。今日の昼休みで確実になった。それだけだ。だけど見方を変えれば嘘かもしれない。染岡の気持ちに薄々気づいていたものの、確実ではなかったから無視して、嘘だと拒否していたのだ。これも多分、いや確実に桃原のことが好きだからだ。
「そうなんだ…」
「で、何でそんなに悩んでるんだ?好きなら付き合って、嫌なら断ればいい。それだけだろう」
「…………染岡は、好き、だとは思う。でも今までその好きは友達としてかと思ってた。けど告白されたら友達として好きなのか、一人の男の子として好きなのかわからなくなっちゃって…」
「それでお前は悩んでたのか」
好きなら付き合う、嫌なら断る、だけじゃ済まされない。どうやら思っていた以上に恋愛って言うのは難しいようだ。桃原が悩むのも理解できる。
「でも本当は、…断ろうかと思ってる」
「……お前がそうしたいのなら、そうすればいい」
「うん。でも、…なんだろう、こわいんだ」
「怖い?」
「うん。私染岡と仲良いから、今断っちゃったら気まずくなりそう。それが嫌で、怖い」
「染岡はそんな事しないだろう」
「染岡じゃなくて私が気まずくなりそうなんだよ」
もうなんだか泣きそうになってきたよ、と縮こまって顔を伏せている桃原は確かに泣いているように見えた。声だっていつもと想像できないぐらいに弱々しい。ああなんだか、いつもより愛しく思えてくる。
「私どうすればいいんだろう、豪炎寺」
伏せていた顔を上げて桃原が聞いてきた。その桃原の目は少し潤んでいて驚いた。まさか本当に泣いてるとは。俺は無意識に手を伸ばすと、桃原の頬に触れた。その行為に桃原は驚いたようだったが、それ以上に俺自身が驚いた。何でこんなことしてるんだろう。
「ご、豪炎寺」
慌てたように俺の名前を呼ぶ桃原。いきなり顔を触られたんだから当たり前か。
「……泣くな」
俺はとりあえず桃原を元気づける言葉を言った。確かに泣かないで欲しかったし、元気な桃原の方が好きだ。すると桃原の目から涙が溢れでだと思うと、頬を伝って俺の手に伝った。桃原は泣いていた。ひどく悲しそうな顔で。俺は言葉が出なかった。俺が押し黙っていると桃原は小さく笑って、小さな声で「ありがとう」と囁くように言った。
次の瞬間、俺はあり得ない行動をとった。
「え…!」
桃原の驚きの声。自分でも何故したかはわからない。ただ桃原の顔があまりにも悲しく見えてきて、苦しくなったというのは事実だった。だがそれが俺が桃原にキスした理由にはなっていないというのもまた事実だ。そう。俺はあり得ないことに桃原にキスをしたのだ。あり得ない。だが実際にはあり得てしまった訳で。桃原はかちんこちんに固まり、俺は自分の行動に死ぬほど驚いている。
数秒後、ようやく唇が離れた。それは数秒だったが俺にはとてつもなく長い時間に感じられた。…しかし、あれだ。どうしたものか。無意識にとはいえ、あまりの無計画さに自分でも呆れる。二回目、しかも今度は相手がばっちり起きていて、さらに額でも頬でもない。唇である。もしファーストキスだったりしたらそれこそ大事件だ。
本当に、明日からどうやって桃原と接しよう。