シークレット・エンド | ナノ
綺麗な深い藍色のキャンパスに、白い絵の具を散りばめたように譜石が夜空でキラキラと輝いている。雲がところどころでゆったりと動いている。俺は地面に寝転がりながら、夜空を見上げていた。近くでパチパチとたき火をしている音がする。俺はふと、ルークのことを思った。人を殺すことをためらい、嫌がる。人を殺すことに恐怖すら抱く。ルークはそう思っているのに人を殺してしまった。正当防衛とわかってはいながらも、ルークは人を殺したことに胸を痛めていた。
俺にもそんな時期はあった。始めて人を殺した時を思い出した。あの時の事はしっかりと覚えている。4年前、俺の命を狙ってきた男を殺したあの時。感触も、顔も、名前まで覚えている。その時俺は草木の手入れをしていて、持っていたハサミで男を刺した。恐怖と焦燥で手が震え、手がハサミを持ったまま固まってしまい、放すのに苦労したと、俺を育ててくれた老夫婦は言っていた。腕に、服に、身体に、顔に、血が飛び散ったのを今でも鮮明に思い出せる。恐ろしいが忘れてはいけない記憶。俺はそれからしばらくして旅を始め、人を殺すことが多くなった。そのたびルークと同じく手を震わせていたが、だんだんと慣れてきてしまっていた。決して慣れてはいけないのに。慣れとは恐ろしい。俺は慣れを自覚した時、急に怖くなった。それから最初に人を殺した時の事を忘れないようにした。その重みを受け止め、背負うことを忘れるな。俺は自分にそう言い聞かせいた。そして人を極力殺さないようにした。怪我で済ませるなら怪我だけで済ます。それも極力抑える。だから気絶させる技を使うのが必然的に多くなった。さっきの敵もそうだ。ガイ達は普通に殺したようだが、俺はひとりだけ気絶させた。もうひとりは不意打ちだったから殺してしまったが…致し方ない。だが謝る気にはなれなかった。多分、俺が同じことをされて謝られたら嫌だからだ。殺されて謝られたら腹がたつ。謝るぐらいなら人を殺したりするなと。


「寝れないか?」


ガイが隣に座ってきた。俺は考えるのをやめて小さく頷いた。「ああ」とつぶやくような返事をする。俺が再び寝転がると、ガイも寝転がった。…しばらくの沈黙。俺は夜空を見上げながら口を開いた。


「…青いよなあ」
「え?どっちかって言うと黒じゃないか?」
「違う違う。空じゃなくて」


俺は笑いながらルークの事だと言った。ガイはそれを聞いてああ、とすっと表情を変えた。ガイにとってルークは、ずっと仕えてきたご主人様だからいろいろと彼も考えるところがあるんだろう。


「ルークなら…多分大丈夫だと思う」
「…なんでそう思う?」
「確かにルークは青くて、世間知らずで常識はずれだけど…そんなに弱くないと思うんだ」
「信じてるんだな」
「ははっ、そうだなあ」


横を向くと、ガイは笑っていた。「あいつとは一応親友のつもりだからな」使用人とご主人様なのになんかおかしいよな、とつぶやくように言った。


「身分なんて関係ない。とは俺は思うけどな」
「そうかな。…ありがとう」
「ははっ、お礼言われるようなことかよ?」


なんて話していると後ろからジェイドの「二人ともー、そんなとこで寝てたら風邪ひきますよ」という声が聞こえた。俺はもうちょっとここにいたくてすぐには立ち上がらなかったが、ガイが先に立ち上がった。それを見て俺も体を起こした。するとガイが手を差し延べてきた。


「お手をどうぞ、お姫様」
「……あのなあ、いくら俺が女顔だからって」
「はは、冗談だよ」


ちょっと驚いたものの(ばれたかと思って一瞬呼吸が止まった)、俺は素直にガイの手をとった。その瞬間。ガイの目が大きく見開かれたと思うと、


「…うっ、うわああ!」


ばしん、夜の静寂に乾いた音が鳴り響いた。俺の手がガイに強く振り払われた音。見えないが、ガイの悲鳴をジェイドたちも多分驚いているだろう。俺もまさか振り払われるとは思わなくて、驚いてガイを見た。彼自身も自分のしたことに驚いてるようで、唖然としていた。手が震えている。


「ガイ…?」


眉をひそめてガイの名前を呼んだ。唖然としていたガイははっとして、ようやく俺の方を向いた。


「わっ、悪い!大丈夫か?」
「あ、うん、平気だ」


俺は結局自分で立ち上がった。ガイはばつのわるい顔をしていて俺に何回も謝った。俺はそのたびに大丈夫だと言った。内心で、俺はガイの女性恐怖症について考えていた。もしもガイが俺に触ったせいであんな反応したのなら――――
自分が女ということを改めて思い知らされた気がした。胸のあたりが、なんだがぎゅっとした。
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