シークレット・エンド | ナノ
その日、その町は賑わっていた。港町であるその町は活気にあふれ、商人たちが客引きをする声がそこらじゅうから聞こえる。商品の多くは魚で、今は特に他の地域から輸入した物が一番多い時期だから、商人が多い。そうなると当然客も多くなる。町自体は広い方などで歩けない程ではないが、そこそこに賑わっているので、進みづらくはある。
そんな道を俺は人を掻き分けるように進んでいった。この通りの先に町の出口があるので、ここを通らない訳には行かない。こういう人の多いところではスリに会い易いので財布は懐にしまってある。潮の臭いを嗅ぎながら、俺はようやく通りから出られた。
通りから出ると、一般の家が並んだ通りに出た。いくつか旅人を客にする小さな店が見えたが、用はないのでブーツを鳴らしながら進んで行く。しばらく歩くと出口の門が見えた。門の柱の両側には兵がふたり立っていた。来るときはいなかったが、魔物の侵入防止のためにでも町の者が雇ったのだろうか。俺は特に気にしないで歩いて行ったが、町を出ようとしたところで兵に止められた。


「なんだ?」
「許可証を提示しろ」
「許可証?」
「持っていないなら通すことは出来ない」
「その許可証っていうの、何なんだ?」
「今、ある方の命によりこの町はしばらく閉鎖中になっている。許可証がなければ通せない」
「それは誰だ?」
「機密事項だ。話せない」


…呆れた。大方予想はつく。どこぞの政治家か誰か権力のあるものが商人の多く集まるこの時期になにかしでかすつもりなんだろう。名前がばれたら信用をなくすから匿名で。俺は思わず顔をしかめそうになったが、我慢して聞く。


「許可証はどこで手に入る?」
「町長のところへ行けばいい。ま、といっても今は許可証を求める者が多いから、かなり待つことになるな。それに許可証申請には金もかかるし、閉鎖解除を待つのが賢明だと思うが」
「…ご親切にどーも。閉鎖解除はいつだ?」
「未定だ」


 それは困る。こっちは"仕事"があるんだ。早くしないと、もしかしたら追いつけなくなるかもしれない。俺は下手に出てでも外に行かなくちゃならないな、と口を開いた時。
ぽん、と誰かに肩を触られた感じがして振り向くと、金髪の青年が俺の肩を掴んでいた。
俺は思わず眉をひそめて、声をかけようとしたが、青年がいきなりニコッと爽やかな笑みを(うさん臭いとも言う)浮かべたので思わず口を閉ざしてしまった。


「やあやあ、悪いな。はぐれてしまって」
「は?」
「探したろ?」


青年はぱちっと意味ありげにウインクをした。俺はピンと来た。青年と一緒に"演技"を続けた。


「ああ、悪いな。人が多くて迷ってしまったんだ」
「構わないさ。傭兵さん、許可証だ」


青年は傭兵に紙を見せた。傭兵はそれを見ると、目を見開いた。


「た、確かに許可証だな」
「二人分だ。こいつもいいだろう?」
「ああ。通れ」


兵はそう言うと、門を開けた。青年は「どーも」とお礼を言うと、歩きだした。俺も青年の後を歩き出す。しばらく無言で歩いていたが、傭兵から十分離れたところで青年は止まった。俺も同じように歩きを止める。


「急いでたみたいだったからな…迷惑だったか?」
「いや、ありがとう。助かったよ」
「そうか。俺はガイ。お前は?」
「テオだ」
「テオね、よろしく」
「ああそうだ。これ、お礼と言っては何だが…」


俺は腰につけたショルダーバッグからグミをいくつか出すと、ガイに渡した。


「お、ありがとう。旅が楽になるぜ」
「旅?ガイは旅人なのか?」
「いやいや、俺は御主人様を追いかけているんだよ」
「ご、御主人様?」
「まあ、話すと長いんだが、単純に言えば俺の仕える人がいてね。その人がちょっと厄介事に巻き込まれたから迎えに行くんだ」
「へえ。大変そうだな」
「まあな。テオは?なにか目的はあるのか?」
「今は仕事があるんだ。だからさっきは本当に助かったよ。町を出ないと仕事が出来ないからな」
「仕事…ってなにやってんるんだ?」
「俺はいわゆる"なんでも屋"なんだ」
「なんでも屋?」
「ああ。配達、狩猟、人捜し…まあ、専門的なことは無理だが、依頼されればなんでもやる。だから"なんでも屋"だ」
「大変そうだな」
「ずっとやってるから別にそうは思わないさ。それに今回の仕事はわりと楽だし」
「今回の仕事って?あ、聞いちゃまずいか」
「別に構わないさ。ある人物に荷物を届ける仕事だ」
「配達か。でも、それなら別に普通の方法で配達すればいいんじゃ…」
「それが出来ない人のために、俺がいるんだ」


するとガイはああ、と納得した顔になった。俺が営む"なんでも屋"は、いわば"裏"の人が表ではおおっぴらに出来ない事を承る仕事なのだ。俺は裏世界ではわりと有名らしい。金を詰めばなんでもやる"暗闇のテオ"とかいう異名までついているらしいし。


「まあ、タルタロスっていうでかい陸上装甲船を追いかけなきゃいけないから面倒なんだよな…」
「タルタロス!?」


いきなりガイが大声を出すもんだからびっくりしてしまった。


「な、なんだ?」
「ルークもタルタロスにいるんだ!」


ガイはすっかり興奮した様子で、顔が赤く紅潮していた。ルークって誰だ。まあ多分ガイの御主人様とかいう奴だろうが、ガイは説明する気もないようで興奮していた。


「いやーびっくりだよ!まさか同じところに行くなんて思いもしなかった」
「あ、ああ、そうだな」
「せっかくだし、一緒に行こうぜ。旅は道連れって言うだろ?テオの実力も見てみたいしな」
「ああ、いいよ」
「テオが男でよかったよ。俺、女性は大好きだけど女性恐怖症なんだよな」


それを聞いて体が一瞬硬直した。すぐに和らげてごまかした。ガイは別に何も気づいてないようで、タルタロスについてなにか言っている。
俺は焦る気持ちを抑えながら、男じゃないんだけどな、と内心でつぶやいた。
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