夏目 | ナノ
「失礼、夏目様とお見受けするが、よろしいだろうか?」


まず驚いたのは、いつの間にか黒犬が俺の目の前にいた事だ。さっきまで後ろにいたはずなのに。次に驚いたのは、女声だったことだ。雄だと思い込んでいたので驚いた。丁寧な言葉使いだが、警戒は解かず俺は少し身構える。


「…なんだ、お前」
「私は桜川と言います。実は夏目様にお願いがありまして。お話を聞いて頂けないでしょうか」
「お願い?」
「はい」


黒犬…桜川は大きな口の中の赤い舌を覗かせながら返事をした。桜川なんて、人の名字みたいな名前だな、なんて思いつつ、俺は少し警戒を解いた。そんなに悪い奴ではないらしい。


「話だけ聞こう。どうしたんだ?」
「実は…私の師匠が友人帳に名前を書かれていて、それを返していただきたいのです」


やはり友人帳繋がりか、と俺は心の中で思った。だがどうやら名前を取られているのは彼女自身ではないようだ。


「わかった。それでその師匠っていうのはどこにいるんだ?」
「森の奥です。私が連れ行きますのでご心配なく」「とか言って夏目を食う気ではあるまいな貴様」


いきなり割り込んで来た第三者の声に俺はびくりとして声のした方を向いた。そけには見慣れたブサイクな猫、ニャンコ先生ががブスッとした顔で桜川を睨んでいた。桜川はいきなり現れたブサイク猫に顔をしかめた。


「誰ですか、そのブサイクな猫は」
「ブサイクとはなんだ!この高貴な私に向かって!」
「…ニャンコ先生だ。俺の用心棒の」
「用心棒?この猫が?」
「貴様私を猫だと?貴様妖のくせにこの私を猫などブサイクなどと!」


ニャンコ先生がぴょんぴょん飛び跳ねて怒っても全く迫力がない。それどころか桜川は首をかしげている。すると、ニャンコ先生がん?と片眉を上げた。


「お前…まさか桜川か?」
「ぬ…なんで私の名前を知って…ってうん?…この妖気…ま、まさか斑殿…?」
「やはりお前桜川か。何故そんな姿をしている。貴様もともと人型だろう」
「この方が妖らしくて私は気に入ってるんですが…それにしてもなんでまたそんな姿で、しかも夏目様の用心棒などしているんですか」
「成り行きだ。気にするな。それよりお前の師匠といえば昴のことだな?あいつも名前を取られていたとは知らなかったな。どれ、からかいにでも行ってやろう。連れていけ」
「先生…なんて不純な…」
「ありがとうございます。私が案内します」


桜川は気にした様子もなく、ただ頷いた。さらに夏目様は斑殿の背にお乗りになりますか?と聞いてきた。すると先生は俺が口を開く前に私が背に乗せると言った。だがそのあとわざわざ変身した後に先生が

「なんだったらこいつを歩かせるのもありだな」

などと言ったのでぶん殴ってやった。
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