夏目 | ナノ
ふわああ、と俺があくびをすると北本が眠そうだなと言ってきた。俺はあーと曖昧な返事をした。昼の黒犬が気になって授業中よく眠れなかったのだ。今は授業が終わり、放課後になっていた。俺と北本と西村は靴を履き替えて校門に向かう。


「あーあ、もうすぐテストかあ…嫌になっちまうな」
「あ、次のテストの点で勝負しようぜ。負けたら奢りで」
「嫌だよ。どうせ高いもん奢らすんだろ?」
「あったりー」


くだらない会話をしながらふと前を向いてぎょっとした。校門の前に黒い塊が見えた。思わず足を止める。


「どうした?夏目」
「い、いや…」


俺は少しいやいやながらもまた歩き出す。よく見ると、それは黒い毛の塊ようなものだった。近づくとよりはっきりした。大きさはニャンコ先生の本来の姿より一回り大きいくらいで、多分妖なのだろう。まわりにいる生徒たちは全く気にしていない。じーっとよく観察する。たまにふく風に毛がふわりと舞い、尻尾がゆらゆらと揺れていて――――尻尾?
俺が眉をひそめたその時、そいつが体を起こした。


「うわっ!?」
「な、夏目?どうした?」
「あ、い、いや、なんでもない」


慌てて平然を装う。西村と北本は納得していないような顔だったが、俺は今そんなことを気にしていられなかった。それにしてもでかい。でかすぎる。俺は近くで良く見てみる。黒い艶やかな毛の生えた耳、大きな鋭い爪。そしてゆらゆらと揺れている尻尾。どうやらそれは黒い犬のようだった。俺はピンときた。こいつ、さっき木の上にいた奴か?大きさは違うが、そんな気がした。黒犬は毛を風に揺らして、帰って行く生徒たちをじっと見つめている。…まさか、食べる気じゃないだろうな?俺が黒犬を見つめていると、いきなり黒犬がこっちを向いた。必然的に、目が、合う。
俺は全力で視線を反らした。


「夏目?ほんとに大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ。俺ちょっと用事思い出したから先行くわ」


俺はバックンバックンいってる心臓を必死に抑え、平然を装う。冷や汗かいてるが、平然を装うしかない。俺は黒犬を全力で無視して早歩きで歩く。あんなの関わるなんて御免だ。友人帳繋がりだろうがそれでも関わるのは嫌だ。俺はしばらく歩いてから、そっと後ろを向いた。


(つっ……ついて来てるっ…!)のそのそと、まだ何人かいる生徒たちを避けながら俺の後をついて来ていた。俺はさらに歩くスピードを上げた。なんだ。何なんだ。友人帳繋がりだろうか。とりあえずあんな大きなのを一人で退治出来る気がしないので家に帰ってニャンコ先生に頼るのが一番だろう。俺はなるべく後ろを見ないようにしながら歩いた。
しばらく歩くと、まわりには俺しかいなくなっていた。まだ黒犬が後ろにいるかわからないが、正直見たくない。もうすぐ家だし、このまま振り向かずに行きたいが。そう思った矢先だった。目の前に黒い塊が飛びこんできた。
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