小説 | ナノ
町に着いて二日目の朝、私は最悪な気分で朝を迎えることになった。言わずもがな二日酔いである。
「いたっ…」
「頭痛がするでしょう。でも、あれだけ飲むんだもの。当たり前よ」
凜と澄んだ声に私はびくっとした。声の聞こえた方に目をやると、誰もが目をとめるような美貌を持った漆黒の髪のエルフが私を見下げていた。思い出した。相部屋になったイルリルだ。私は刺激をあたえないように頭をかかえながら、ゆっくりと体を起こした。それでもずきずきと痛む頭に、私は唸り声をあげた。
「まだ寝てた方がいいわ」
「いや…それよりもお腹減ったから…食堂行ってくる…」
私はゆっくりとベッドから出ると、のそのそと着替えて食堂に行った。私がふらふらしているのを見て、イルリルが「見ていられないわ」と行って食堂までついてきた。どちらにしろ彼女は朝食はまだなようだ。食堂に行くと、朝食を食べるサンソンとカールの姿が見えた。どうやらフチはまだ起きていないようだ。私とイルリルがおはようと声をかけると、カールはにこりと微笑み、サンソンは私を見てにやっと笑った。
「お、意外と早いんだな、未来。おはよう」
「意外とは余計だよ」
「おはようございます、セレニアル嬢、桃原嬢」
「おはよう、カール。フチはまだ寝てるのかしら?」
「ええ、まだ寝てますよ。昨日のあれがずいぶんと効いたようで…」
昨日のあれとは、私とフチが酒の飲み比べをしたことだ。いや、それよりもそのあと、私もフチも降参しないのを見たサンソンが勧めてきた強烈な酒…ドラゴンブレスの方がよっぽど二日酔いの原因と言えるだろう。完全に酔っ払っていた私とフチはそのドラゴンブレスを調子に乗ってどんどん飲んで――――だめだ、そこから記憶がない。願わくば何もやらかさず、べろべろに酔っ払ってイルリルに運ばれたとかだといいのだが。まあ今はそれよりも。
「とりあえず腹を満たしたい…おーいっ!おばさん!」
「誰がおばさんよっ!」
あれ?もっと年喰ったおばさんの声を予想していたのに、返って来たのは若い娘の声だった。そちらに目をむけると、やはり若い娘がぷんぷんしながらこっちに来ているのが見えた。娘は私の近くまで来ると、怒ったように(いや、もうすでに怒っているのか?)注文を取った。
「注文は?」
「鶏肉はある?」
「あるわよ」
「じゃあ鶏肉の料理なら何でもいいから、持ってきてくれ」
娘は返事もせずにずんずんと店の奥に入って行った。私はそれを見届けたあとに、思わず呟いた。
「なんか、乱暴な娘だね」
「しょうがないさ。どんな娘だってこんな男まみれのところで育ったら、ああなるもんだ」
と、サンソン。まあ確かになるかもしれないが…イルリルがあんなのになるのは考えられない。というか考えたくもない。私はちょっと気になって、なんとなく発言した。
「じゃあ、私もなるかな?」
「さあな。ああ、そういえば未来はあの娘に会うのは初めてなんだよな」
「うん」
するとサンソンはあの娘について色々と話してくれた。名前はユスネ。最初の出会いは、ユスネが男達を吹っ飛ばしている(実際にそうだったのかは知らないが、サンソンはそう言っていた。カールが何も異議を唱えなかったのを見ると嘘でもなさそうだ)ところだったそうだ。そこでフチが食堂でさんざんユスネをからかって…という話。それにしてもユスネの度胸には驚かされる。ユスネを持ち上げたフチもフチだが、普通同い年くらいのフチをチビチビ言うか?しかも持ち上げられたとはいえフチの胸を靴で思い切り蹴るところもすごい。それで倒れないフチも十分すごいが。そんな会話をしていると、噂のフチがよろよろと食堂に下りてきた。
「あ、おはようフチ。気分はどう?」
「最悪」
「それゃよかった」
私の一言にサンソンとカールは笑った(エルフ嬢は首をかしげていたけど)。ちなみに私はもうすっかり良くなっていた。吐き気も頭痛もしない。私はしばらく経てば二日酔いなんてすぐ治ってしまうのだ。フチはうーとか唸りながら私の隣に座った。
「……未来は平気なのか?」
「私?私はもう大丈夫。それでもフチ、ここで吐いたりしないでよ」
フチは心の中で「ああ!グランベールよ!何故あなたはこの女性に優しさをもたらしてはくれなかったのでしょう?」とか思ってることだろう。ふぅむ。一晩飲み明かしたらこんなにも人の考えていることがわかるのか。私がテーブルに突っ伏しているフチをさんざんいじめていると、テーブルにどん、と乱暴に皿が置かれた。もちろんユスネだ。
「鶏料理よ」
「ありがとう、ユスネ」
「何故私の名前を?」
「このおっさんに聞いたの」
サンソンはおっさんとはなんだおっさんとはという視線を私に送って来たが、めんどくさかったので私は無視した。
「私は未来・桃原。ちょっと遠い国から来た人間だ」
「ふぅん。未来っていうの」
ユスネはじろじろと私を舐めるように見ると、鶏料理を持って来たトレーを持って戻ってしまった。変な娘だ。だがちょっとしてからユスネは戻って来た。一杯のコップを手に持って。
「薬水よ。飲めばすぐ酔いはさめると思うわ。フチに飲ませてあげて」
「ありがと、ユスネ」
「あなたにお礼を言われる筋合いはないわ」
ユスネは私を突き飛ばすように言うと、店の奥に行ってしまった。あれ、おかしくないか?なんでフチにはあんなに優しくして私にはあんなに冷たいんだ?理由もさっぱりわからずに首をかしげていると、フチに薬水を飲ませていたカールと、イルリルとなにやら話していたサンソンがにやにやしていることに気づいた。
「なに?二人ともにやにやして」
「いやいや、なんでもないさ。なあパーシバルくん」
「はいカール。なんでもありません」
明らかになにかある。私がユスネになにかした―――とかはあまり考えられない。それにしても何故彼らはこんなににやにやしているのか。その謎は、サンソンが耳打ちして教えてくれた。
「嫉妬だよ」
嫉妬?私があまりピンと来ないでいると、サンソンはわざとらしくユスネに目配せしたあとに、次にテーブルに突っ伏しているフチに目配せした。そこでピンと来た。ユスネがフチと仲良くしている私が気に喰わずにいると。つまり、嫉妬をしているらしい。なるほど通りで二人がニヤついているわけだ。最初は意味がわからずに私と同じように首をかしげていたイルリルも、ようやくわかったようでにこにこしている。つられるように私もくすくすと笑った。どうもフチは結構モテるらしい。さて、酔いから覚めたフチはなんて言うだろうか。少したのしみだ。
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