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「げっ」



上履きが入っている下駄箱を開けると、そこには隙間なくぎっしりとチョコレートの袋が詰め込まれていた。しまった。今日は2月14日、バレンタインデーだった。この日は毎年下駄箱には三つぐらい厳重に鍵を掛けていたのだが、昨日は遅くまで部活、それからはずっと源田達とサッカーの作戦をたてていたから、バレンタインデーなんてすっかり忘れていた。なんてことだ。毎年バレンタインデーには俺や源田、佐久間の下駄箱に大量のチョコレートが隙間なく詰まっている。それだけではない。休み時間から放課後まで空いている時間は全部女子達にチョコレートを渡されるか呼び出される。まったく迷惑な話だ。その対策法として俺と佐久間は下駄箱に鍵をかけたり、休み時間から放課後まで空いている時間全て教室から逃げ出して男子便所や更衣室に行ったりしていた。ちなみに源田はお人好しなのでチョコレートは全てもらい受け、呼び出されれば直ぐに行く。なので源田は毎年チョコレート三昧だ。だが今日、俺は下駄箱に鍵を掛けるのを忘れた。俺は名前の通り鬼という訳じゃない。俺はチョコレートをもらうのが面倒でさけているだけなのだ。なので別に嫌という訳じゃないし、下駄箱に入っていた大量のチョコレートを学校のゴミ箱に捨てるような性格はしていない。俺は深くため息をつくと、大量のチョコレートをバッグに全て入れた。もう捨てるにしても持って帰るしかない。



「うわっ鬼道鍵かけてなかったのかよ」



振り向くと後ろに佐久間がいた。どうやら佐久間はきちんと鍵を掛けていたようだ。いつもこいつは学校には遅刻、宿題はやって来ないわでだらしない奴なのにこういう時だけちゃっかりしている。



「捨てれゃあいいのに」

「学校では出来ない」

「なんだ。やっぱり鬼道も源田と同じお人好しかー」



佐久間はそう言うと教室に入っていった。俺は源田よりはマシだと思う。その後もチョコレートを渡してくる女子が絶えなかった。佐久間はついに耐えきれなくなったのか教室にさえいない。多分トイレか更衣室か部室だ。源田は源田で忙しく呼び出されている。俺は女子に呼び出される前に男子トイレに逃げた。休み時間はここで過ごすしかないか。俺はまた深くため息をついた。



「鬼道?いる?」



ふとトイレにソプラノ・トーンが響いた。誰かはすぐにわかった。こんな所にずかずか入ってくる女子は一人しかいない。帝国サッカー部の唯一のマネージャー、桃原未来だ。桃原は俺が姿を見せると顔を明るくして、「やっぱりいたんだ」とほっとしたような顔をした。



「今日大変そうだね」

「まあな。お前は何しに来た?」

「ああ、これ渡しに来た」



桃原はそう言うと小さな白い袋を渡してきた。それは下駄箱に入っていたドキツいピンク色の袋のようなものではなく、シンプルで物静かな感じの袋だった。俺がそれを受け取ると、桃原は「じゃあ」とトイレを出ていった。俺はしばらく唖然としていたが、すぐにはっとして桃原にもらった白い袋から中身を取り出した。中から出てきたのは水色の箱だった。開けてみると丸いチョコレートが幾つか入っていて、メッセージカードと思われるものが一緒に入っていた。メッセージカードだけを取り出して読んでみる。


最近サッカーすごい頑張ってるね。マネージャーとしてこれからも頑張ってフォローしていきます。このチョコはマネージャーからのささやかなプレゼントです。

追伸 彼女でも作って前向きに生きろや!



……最後の追伸はともかく、桃原らしくて良いメッセージだと思った。俺は小さな笑みを浮かべると、チョコレートの袋をポケットに入れて廊下に出た。バッグに入れて家で食べよう。そう思ったのが間違いだった。「鬼道くん!」「鬼道くん!」「鬼道さん!」「鬼道くん!」俺を呼ぶ声がいくつも聞こえた。嫌な予感がする。俺がおそるおそる振り向くと、何人もの女子がそれぞれ手にチョコレートを持ってきらきらした目で俺を見ていた。ああ、廊下になんか出なきゃ良かった。今日は桃原にチョコレートをもらったから良かったが、どうやらそのツケが回ってきたようだ。ああ、バレンタインというのは恐ろしい。




第一次バレンタイン戦争



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