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「気になる奴ができた」



学校に着くなり、朝一番に鬼道がそう言ってきた。気になる奴ができた?それはサッカー関係の意味での"気になる奴"だろうか。それとも恋愛関係での"気になる奴"だろうか。いや、考えるまでもない。十中八九前者だろう。だって鬼道だ。鬼道に限ってそんなことはあり得ないだろうし。「女なんだが、どうも気になるんだ」おい嘘だろぉぉぉ鬼道!



「お、女って、サッカーが上手いとかそういうことか?」

「いや?電車で見かけただけだが」

「嘘だろ…」



どうやら鬼道にもそういう青春やら恋愛やら云々に関わる時がきたらしい。ついに鬼道にもそんな時が来たのか。詳しく聞くと、鬼道は電車内で見かけた他中の女がどうも気になるということらしい。その気になるという部類は多分、いや明らかに一目惚れに部類に入るだろう。俺がそう言うと鬼道はその"気になる"が恋愛感情ということすら自覚していなかったらしい。ともかく俺は鬼道の初恋を応援するべく、その女とやらに会ってみることにした。翌日駅につくと既に鬼道がいた。とりあえず俺は声をかけると、サッカーの話をしながらさりげなく「あの子か?」と小声で聞いた。あの子とは鬼道の少し離れた、でも離れすぎない距離にいる女の子だった。その子は俺の知らない学校の子で、服装や見た目が鬼道が昨日言っていた子と一致していた。俺の問いに鬼道は肯定して頷いた。あの子だ。俺はちらりとその子を見た。知らない学校かと思ったが、あの制服には見覚えがある気がした。学校の名前は忘れたが、調べればすぐに出てくるだろう。俺は小声で鬼道と話した。



「鬼道」

「なんだ」

「あの子、可愛いと思うか?」

「はっ…?」



呆気にとられた鬼道の声。まあそうなるだろうな。鬼道は「何でそんなこと聞くんだ」と言ってきた。



「再確認だ。鬼道が本当にあの子好きかどうか」

「まったく…紛らわしいことをするな」

「紛らわしい?」



俺が聞くと、鬼道はしまったというような顔をした。ああ、そうか。俺があの子を可愛いと思ったと勘違いして焦ったのか。鬼道、意外とけっこう惚れてるな。もう気になってる、ってレベルじゃないだろう。今だって鬼道はあの子の方をちらちらと見ているし。しばらく観察していると女の子の方も鬼道を見ていることに気づいた。お?これは脈あるんじゃないか?どうやらこの二人には俺にはわからない何かがあるようだ。俺から見たら二人はまるでモザイク世界にいるように思えた。俺にはわからなくて、見ることもままならない。何かがあるような気がした。二人とも相手に気がある。これは絶対、どっちかが話しかければすぐ仲良くなれるな。俺は鬼道の肩を軽く叩くと、小声で、でも聞こえるようにはっきりと、笑って言った。



「今度話しかけてみろ。絶対上手くいく」



もしこのモザイク世界のモザイクがとれてはっきりした世界になった時、それはきっと、こいつら二人が結ばれてる時なんだろう。俺はそれまで、二人を応援していよう。そう。モザイクがとれるまで。




モザイク世界



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