小説 | ナノ



「もうやだ」



誰もいない公園でひとり、私はぽつりと呟いた。もちろん返ってくるのは空気の無言。私ははあ、と深いため息をつくと、ぎゅっと自分の服をしわがつくぐらい強く握った。私は生まれながらの巫女だった。神に捧げる踊りをして、神の御言葉を聞いたり(実際には聞ける訳ないから、フリだけだ。これは村の伝統だからみんな知ってるけど!)、お祭りの時、御神輿の中でみんなに笑顔で手を振ったり。もう嫌になる。だって私が巫女を目覚めたのはたった三ヶ月前。それまで普通の、普通の一般の女の子だったのに。それがいきなり家にやってきた男に「あなたは巫女候補に選ばれました」なんて言われて連行されて、色んな検査をされた後に「あなたは巫女に選ばれました」「これはとても名誉な事ですよ」「あなたは最高の幸せを神様から頂いたのです」なんて!何が幸せなんだ!名誉なんか要らない、三ヶ月前の私に、普通の女の子としての生活を返して!耐えきれなかった。見張りの隙を見て神殿から抜け出し、この公園に来た。この公園は昔、良く来ていた公園だった。でも今は来ることさえも難関で、今日ようやく来ることができた。久しぶりだ。でもどうせすぐに信者達がやってくる。そして神殿に連行されて、また神様のありがたさと貴さ、どれだけ高貴な存在なのかを聞かされるのだ。何がありがたさだ。私は神様がだいっきらい。だって神様は私にこれとない不幸を与えたんだから。私は神様にありがたみなんかかけらも感じていない。



「もう…やだな」



戻りたくない。そう付け足してまた深くため息をついたところだった。後ろから声が聞こえたのは。



「何が嫌なんだ?」



ぎくりとして振り向くと、噴水の近くに金髪の少年が立っていた。見たことがある。昨日巫女踊りの時に席にいたのを覚えている。あれ?確か彼は勇者じゃなかったか。だから一部の者しか見ることができない巫女踊りを見ることが出来ていたのではなかったか。だとしたら最悪だ。彼は勇者。私が巫女だとわかったらきっと、私を神殿の男たちのところへ連れて行ってしまうだろうから。



「…勇者、さま」

「そんな固くならなくていいよ。で?何が嫌なんだ?」

「……言えません」



言えるわけがなかった。だって巫女をやめたくなった、なんて言ったら勇者さまなんかに言ったら、勇者さまはきっと神殿の男たちにそれを言って、神様は偉い云々の話をまたされる上に、たぶん監視か何かがつくだろう。そんなことをされるぐらいなら自分で戻る。



「君さ、巫女の子だろ?」

「…はい」

「名前は確か、アマノウズメだっけ?」

「巫女である時は、そうです」

「巫女である時?」

「アマノウズメとは、巫女が受け継ぐ名です。私自身の名前ではありません」

「じゃあ、君の名前は?」

「へ?」

「君の名前だよ」

「わ、私のですか」



聞かれるとは思わなかった。だってみんな私のことをアマノウズメ殿アマノウズメ様とかで、私自身の名前なんて聞いて来なかったから。もう私自身も忘れかけていたところだった。



「…未来、です」

「未来か。うん、いい名前だな」



勇者さまはにこりと笑った。私も思わず一緒に笑った。ああ、こんな自然に笑ったのは久しぶりだ。ずっと堅い表情で堅い笑顔だったから。勇者さまの笑顔は、私の硬化しかけてた心を優しくほぐすように包んでくれている気がした。



「俺はニケ。よろしくな!」



大嫌いな神様。私はあなたが嫌いだけれど、今この時間だけ、あなたに感謝します。巫女もちゃんとやります。だから今だけは、この時間に浸らせてくれませんか。




大嫌いな神様へ、どうか大好きな勇者さまと一緒にいさせて下さい



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