小説 | ナノ
普通に生きて人っていくつで死ぬんだろうか。僕の常識で考えて大体80ぐらいだろう。だけどその僕の常識を変えるような事があった。科学班に所属している、神田の旧友という少女。名前を未来という。見た目こそ十代後半だが、歳を聞くと彼女はこう主張したのだ。「私、194歳」あり得ないだろう普通。普通寿命の倍以上だ。信じられない。最初は冗談だと思った。苦笑して、ほんとはいくつですか、と聞くと、未来は「194歳」と一点張り。どうやら事実らしい。信じがたいことなのだが、未来は「嘘だと思うなら」と30年前、40年前、150年前と色々な時代の体験談を語ってくれた。それは実に細かく、その場にいないとわからないようなリアルな、信憑性のある話だった。しかも通りかかった捜索部隊の人間に話を聞くと、「未来は俺が教団に来た30年前から変わらないよ」とまで言っていた。
「神田、未来さんが194歳ってほんとですか」
「あぁ?てめえまだそんなこと言っていやがったのか」
修行場で(運悪く)鉢合わせた神田に聞いてみたのだが、神田は訝しげに顔をしかめると無視して修行を再開してしまった。それでも僕が諦めずに食い下がると思いっきり嫌な顔して未来の事を語り始めた。
「あいつは確かに194歳のババアだ」
「(相変わらず失礼な人だな)何でわかるんです?」
「俺が教団に来た時から何一つ変わっちゃいねぇからだ」
「……ほんとですか」
「しつけぇんだよ。気になるならコムイかリナリーあたりにでも聞け」
神田はそう言って僕から逃げるように去っていってしまった。気になってたのに、これじゃ聞けない。仕方ないし、神田の言う通りコムイかリナリーに聞こうか、と歩き出した時、
「今のって私の話?」
「ええっ?」
振り向くといつの間にか後ろに白衣を着た未来がいた。今の話、聞かれただろうか。少し焦っていると、未来が笑って言った。
「私のこと、聞き回ってるんだって?」
うわ、最悪だ。今の話を聞かれたどころじゃない。聞き回ってること自体バレてるし。しかし未来はそんなことも微塵も気にしていないように笑っている。普通気にならないか。
「教えようか」
「え?」
「私のこと」
未来はにこりと綺麗に笑った。私のこと、聞きたいんでしょ?にこにこと笑いながら聞かれて、僕は反射的に頷いた。
「私、180年前に未知のものを研究する科学者達の作った拳銃に撃たれたの」
「撃たれた?」
「うん。ただその拳銃は特殊でね。未知のもの、つまりはイノセンスに関係したものだったらしいんだ。私はそれにたまたま当たってしまったせいで、その先180年も生きることになったのさ。ちなみにほとんど不死身でね。首と胴体が離れるぐらいじゃないと死なないんだって」
「…寿命はあるんですか」
「あるよ。ただ、気が遠くなるぐらい先だってさ」
今じゃ魔女なんて呼ばれてるし、とくすくすと笑った。魔女と非難され、それを笑うことができる彼女の過去には一体何があったのだろうか。「あんまり良いこと、なかったなあ」ひとり呟くように未来が言った。
「みんな歳をとって老いていくのに、私はずっと変わらない」
「……」
「好きな人ができてもおいて逝かれて」
「…未来、さん」
「未来でいいってば。……でもね、時代の流れが良くわかるんだ。そういう意味では得したかな」
こんなに語ったのは初めてだ、と未来は笑って言った。僕は人の命の重さがどんなに重いか知っていた。この200年、きっとたくさんの人たちが亡くなったのだろう。その長い時代の流れを、人の命の脆さを知り、経験したら、僕は折れてしまいそうだ。この少女はそれを全て超越し、今を生きている。彼女は辛くなかったのだろうか。「未来、は、」言ってから、何を聞こうとしたのかわからなくなって、それ以上喋れなくなった。「…アレン」ふと未来は今までとは違う、優しそうな微笑を浮かべて言った。
「優しいね、ありがとう」
辛いなら優しさを欲しがれ
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