能力強化 | ナノ
スエットにTシャツ。財布はちょっとはみ出るけどポケットに入れて、どうせ近いんだしサンダル履きでいいか。私は携帯を財布が入っているポケットとは別のポケットに入れると、ソファーで寝転んでいるアクセラレータに声をかけた。


「コンビニ行くけど、なんか買ってこっか?」
「コーヒー」
「…はいよ」


昨日むっちゃくっちゃ買って来たくせにこのコーヒー魔め…知ってるんだぞアクセラレータが行きつけのコンビニ行く度に店員さんの顔が引き攣るのを(ちなみに私の顔はまだ覚えられていないようだが、覚えられるのも時間の問題だ)。


「数は?」
「買えるだけ買って来い」
「…了解(出てるやつの半分だけ買ってこ)」


私はとりあえずいい加減な返事をして玄関でサンダルにはきかえた。一応行ってきまーす、なんで小声っ言ってみる。アクセラレータがいってらっしゃいを言うなんて考えられないので、私は返事を待たずに玄関のドアを開けた。アクセラレータはやっぱり、なにも言わなかった。




まさかだ。まさかコンビニに行くだけでこんな事態が起きるとは…。私はギュッと買って来たコンビニの袋を強く握った。私の周りには悪そうなお兄さん達が数人。私を囲むように立っている。カツアゲかナンパか…まあ彼らの様子を見るかぎり、前者であろう。私は無駄だろうが震える声を抑えて、話しかけた。


「…どいてくれませんか」
「はあ?馬鹿かよお前」


リーダーっぽいロン毛男が機嫌悪そうに返事をした。当たり前か。ていうか私小銭しかないし…カツアゲなら頼むから他を当たってくれよ。


「てめぇだろ?あの一方通行の彼女ってのはよ」
「…は?」


アクセラレータの彼女?いつから私はあの冷血男の彼女に成り下がったのだろうか。いやそれゃ同じとこに住んでれば異性が同棲イコール彼女って考えはおかしくないが。確かに誤解されそうな関係であることは間違いなかった。そこで私はピンと来た。この人達、アクセラレータに恨みのある人達だ。アクセラレータに真っ正面から戦っても無駄だとわかっているから、同棲している私(彼らからしたら彼女?)を何かしら傷つけてアクセラレータに精神的ダメージを与えようって、そういう考えなのだろう。


「わ、私彼女なんかじゃないですけど」
「しらばっくれんなよ」
「同棲してんだろ?」


私の否定もむなしく、後ろにいた男が私の肩を掴んだ。振り返るとニヤついた顔のスキンヘッド。もしかして…もしかして。私は血の気が引くのがわかった。これは多分カツアゲではない。アクセラレータに精神的ダメージを与えるために、私を傷つけるんだとしたら、一番効果的な傷つけ方は――――
考えた瞬間、掴まれた肩にゾッとした。慌てて肩を掴んだ手を振り切ろうとしたが、強く掴まれていて、なかなか離そうとしない。すると今度はロン毛が私の腕を掴んだ。ニヤついた厭らしい顔。ロン毛は私に顔を近づけて言った。


「あんたさあ、よーく見たらかわいい顔してるよな」


ぜひとも楽しみたいね。そう言い足したロン毛の言葉を聞いた瞬間、私は体が勝手に動いていた。思い切り足を振り上げて、男の股間に足を命中させた。力いっぱい。一切の手加減なく。ロン毛はさすがに効いたようで、痛そうなうめき声をあげながらうずくまった。後ろにいたスキンヘッド等三人が動揺しているうちに肩を掴んだ手を振りきって走り出した。てめぇ!すぐに奴らは気づいておってくる。私は必死に走りながらも、震える手でポケットから携帯を開いた。着信履歴から探せばすぐに見つかった。急いで発信して耳に当てた。こうしてるうちにも後ろからはヤンキー共が迫っている。私はコール音に苛立ちを感じながら、必死に走る。早く、早く出て―――
ぷつっと言う音の後、聞き慣れたアルト・トーンが耳に入った。


『おいてめェ遅ェぞ。一体どこほっつき歩いて――』
「やばいアクセラレータ助けて!」
『あァ?』
「やばいんだって本当に!なんかヤンキーが襲って来て――きゃあ!」


珍しく女の子らしい悲鳴をあげたな、なんて考える暇もなく後ろから思い切り押された。押された私は地面に体を強打した。したたかに顎を打った。痛い。携帯はその勢いでどこかに吹っ飛んでしまった。私が起き上がろうとする前に、ヤンキーの誰かが私の体を抑えつけた。腕を無理矢理捩曲げるような抑えつけ方に、私は涙が出そうになった。


「痛っ…」
「おとなしくしてろ!このクソ女!」


今度は前から誰かがしゃがみ込んで私の髪を乱暴に掴んだ。掴んでそのまま頭を持ち上げられる。無理矢理顔をあげさせられ、見ると私の頭を掴んだのはあのロン毛だった。タバコ臭い息がかかるほど顔が近い。私は思わず眉をひそめて顔を背けたくなった。


「さっきはよくもやってくれたな」
「……っ」
「たっぷりお礼をしてやるよ…おい、車ん中入れとけ」


私は無理矢理立たされて、近くにあった黒いバンの中にほうり込まれた。手首足首縛られて、口にはガムテープ。扉を閉められ、私は広いバンの後ろの空間でひとりになった。…これから一体、どうなるんだろうか。人気のないとことか行かされて、多分、そういうことされるんだろうな…私は…。ぐっと目をつむった時、がこんと大きくバンが揺れた。


「…っ!?」


一度大きく揺れたと思うと、揺れがおさまった。一体なんなんだ?辺りをきょろきょろと見回していると、運転席の方から悲鳴が聞こえた。何があったのか、運転席の方はカーテンがかかっていて全く様子を見ることは出来ない。なんだか怖くなって私は身をよじらせて逃げようと試みたが、それもやはり無理だった。さっきまで聞こえていた男達の声も全く聞こえない。手足を縛っている紐は全く解けないし、混乱に涙が出そうになった時だ。バン!と大きな音がした。私は驚いて身をよじらせ、音の聞こえた方を見たが、街灯に目をやられて一瞬目をつむった。すぐにゆっくりと目を開けると、誰かが近づいて来るのが見えた。「!」私はあいつらだと思って必死に逃げようとしたが、縛られた体は言うこと聞こうとしない。私が暴れていると、そいつが私に触れてきたので私はさらに錯乱した。すると聞き慣れた声が耳に入った。


「おい!」


びくりと心臓が飛び上がった気がした。私が恐る恐る顔をあげると、見慣れた綺麗な顔が見えた。すると口元がびりっと痛んだ。なにかと思ったが、口のガムテープが外されたとすぐにわかった。口元が楽になる。だが私はそんなことに興味もくれなかった。ただ、目の前にいるこの人が、


「てめェはよォ、俺が誰だかもわかんねェようになっちまったのか?」
「…アクセラレータ…?」


アクセラレータだとわかった瞬間、安心したと同時に、ぶわっと涙があふれだした。目の前のアクセラレータが焦った顔をする。


「お、おい。なんで泣いてンだよ」
「だっ、だって、怖かった…怖かった!」


私は久しぶりに泣いた。泣いたのはいつ以来だろうか。とにかく子供みたいに大泣きした。そんな私にアクセラレータは縛られた手足を解くと、帰るぞ、と私の腕を引っ張って言った。私はよろよろと立ち上がると、アクセラレータの後をついていくようにふらふらと歩いて行った。
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