小説2 | ナノ

短期記憶喪失障害というものを知っているだろうか。それは短期記憶が長期記憶に保存されないという障害だ。つまりわかりやすく言うと、一晩寝てしまうとその日の記憶が消えてしまうという厄介な障害ということだ。何故いきなり俺がこんな障害のことを言い出すのかというと、俺の知り合いが、その短期記憶喪失障害になってしまったからである。


「おはよ、グレイ」
「おう、おはよう」


いつもと同じ時間、同じしぐさで彼女は部屋から降りて来る。昨日とまったく変わらない。だけど彼女にとってはこれが初めてだ。



「グレイが私より早く起きてるなんて珍しいね」
「あー、そういえばそうだな」
「ていうかグレイ、寝る時もそんな格好なの?風邪ひくよ」
「いいんだよ、風邪なんてひいたことないし」



昨日と何一つ変わらない会話だ。彼女は毎日毎日、同じ言葉をかけてくる。それに対して俺は、毎日同じ返事をする。



「あ、そうだ。朝ごはんまだだよね?私が作ってあげよっか」
「お、本当か?じゃあオムライス食いてぇな」
「オムライスかあ。調度材料揃ってるし、いいよ。作ってあげる」



彼女は「顔、洗ってないなら先に洗っておきなよ」と言うと、キッチンに行ってしまった。オムライス。ここ三ヶ月で俺の朝飯はオムライスや卵焼きなどの卵料理だけだ。何故かというと、冷蔵庫の中は一年前彼女がセールで買った卵と同じ量の卵がなければいけない。彼女が買った卵はLサイズを3パック。だから冷蔵庫の中はいつもLサイズの卵が3パックある。彼女の記憶は一年前から何も変わっていない。だから俺は、彼女が寝た後に使った分だけ卵を買いに行って元に戻している。それだけじゃない。彼女が使った物すべてを元通りにしている。例えばケチャップだったり、彼女が使ったシャンプーだったり、彼女が着た服だったり。すべてだ。もちろん一人ではちょっと無理があるので、エルザとかに手伝ってもらっている。俺は彼女がオムライスを作るきっかり20分35秒の間、部屋で寝ていることにした。
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