恋揺らし | ナノ
指先から凍りついてしまいそうな寒さ。私は手袋をして、何枚も服を重ね着して、他にも色々と防寒具を着けてるっていうのにまだまだ寒い。芯から冷えきってしまいそうな寒さだ。私は寒さに震えながら、ある人を待っていた。私はその人に会うために、この寒さの中歩いてきたのだ。その人に会う、それだけで私の胸は高まり、生きる目的になるのだ。思い出すたびに私の口元は孤を描く。すると「高野」バストーンの、聞き慣れた声が聞こえた。私はくるっと振り向くと、声の主にぱっと顔を明るくした。


「源田くん」
「悪いな、待たせて」
「ううん、全然いいよ」


にこにこと私が笑って言うと、源田くんはそうか、と笑って言った。私は会えたことが嬉しくて嬉しくて、顔がにやついて止まらなかった。すると源田くんは「じゃあ、行こうか」と声をかけてきた。私は「うん」と頷くと、源田くんと一緒に歩きだした。


「…源田くんは今日、何してたの?」
「いつもどおりさ。起きて、学校行って、練習して、作戦たてて…今はこうして高野と会ってる」
「ふーん、そっかあ」
「高野は何してたんだ?」
「え、私?私はね――」


こうやって源田くんと恋人になってこんな風に会話をするのが私の夢だった。今、その夢は現実になって、源田くんはこうして私のそばにいて微笑んでくれている。それだけで私は幸せな気分になれるのだ。生きていることを実感できるのは、こうやって源田くんと一緒にいる時だけ。私の生きがいは源田くんだ。源田くんは私のすべてではないけれど、源田くんがいないと私のすべてが駄目になる。それくらい私は源田くんが好きなのだ。…ちょっと恥ずかしいけど、源田くんを愛しているのだ。だからこうしていることが、私には一番の幸せだ。


「源田くん、そういえば今日、どこいくの?」
「ああ、今日は俺の家に行こうと思う」
「源田くんの家!?」


まだ付き合ってそんなに時も経っていないのに、そんな、げ、源田くんの、お、おおおおうちに入るなんて。いや嬉しいんだけど、嬉しいんだけど!私が黙っているのを見て、源田くんが首を傾げて聞いてきた。


「嫌か?」
「い、嫌じゃないよ!」


私が慌てて首を振ると、源田くんはじゃあ行こう、と私の手を握ってきた。私はドキッとして、源田くんを見た。源田くんはただ微笑んで、行こう、と私の手を引いた。








源田くんの部屋は予想通りだった。綺麗に片付いていて、サッカー関連のポスターやグッズがそこらじゅうに置いてあった。私はあたりをさりげなく観察しながら、源田くんに言われてベッドの上に座った。


「ごめんな、何もなくて」
「い、いいのいいの!全然いいよ」


源田くんの部屋に来れただけでも嬉しいのに、それ以上を求めるなんておこがましいにもほどがある。源田くんはちょっと飲み物持ってくるから、と下に行ってしまった。私は一人になって、源田くんの部屋を改めて見回した。フットボールフロンティアのポスター、有名なサッカー選手のポスター、古びたサッカーボール、帝国のサッカー部員で撮った写真。どれもこれもサッカー関連のものだった。よくよく見たらペン立てに入ってるペンもサッカーのマークが入っていた。家中そんな感じだったから、どれだけ源田くんがサッカーを好きか嫌でもわかった。私はまだ源田くんが戻ってこない様子なので、ちょっと机を物色してみることにした。教科書やノートを開いて見てみると、やっぱりノートは綺麗な文字で書いてあった。私は落書きとかないかな、と思って他にも色々とノートを見てみたけど源田くんのノートは無駄がなく、落書きなんて一切なかった。私はちょっと残念に思いながらも、ノートと教科書を元の場所に戻した。次に私の目に入ったのは、写真立てだ。源田くんだけじゃなくて、鬼道くんや佐久間くんや辺見くんなど、たくさんのサッカー部員が写っている写真が入っている。私はそれを手にとって、写真に写っている源田くんをじっと見つめた。思わず笑みが浮かんでしまう。こうしていると、やっぱり源田くんがどれだけ好きかわかる。私が源田くんの写真を見てにやにやしていると(端から見たら結構キモいだろう)、ふと、サッカー部の写真の下にもう一枚写真があることに気づいた。なんだろう。またサッカー部の写真かな、と思って写真を出してみると――
思わず手が止まった。心臓がどくりと大きく脈打つ音が聞こえた気がした。写真を持つ手が震える。私は大きく目を見開いて、固まっていた。写真に写っていたのは、源田くんと、源田くんの前の彼女だった。お祭りの時にでも撮ったのだろう。二人とも浴衣姿で笑っている。……私は、そこで気づいてしまった。いや、思い出してしまったのだ。源田くんの側にいられるという大きな幸せの後ろに隠れていた、暗い真実。私は思い出してしまったのだ。この源田くんの側にいられるという幸せは、他の人から、奪った幸せなのだと。罪悪感という名の、超重量級のものが私の心に襲いかかった。
- ナノ -